![]() 再生医療の夢 神戸から 新治療法期待 2002/07/05 小さな細胞からあらゆる組織や臓器をつくり出し、病気の治療に役立てる再生医療の研究が活気づいている。神戸では、産官学が原動力となる世界最大級の研究センターが動き出すと同時に、京都大など周辺の大学や施設も核となる部門が次々と発足する。人体を再生する夢の医療を現実に近づける主役となっているのは、多彩な分化能力を有するヒト胚(はい)性幹細胞(ES細胞)と体性幹細胞だ。倫理的な問題をはらみながらも、臨床応用の成果も出始め、新たな治療法として期待が高まる。基礎研究から実用化、さらに産業化をも視野に、急展開する再生医療研究の現状をまとめた。 ▼相次ぐ拠点開設 産学連携に弾み 七月八日、神戸市中央区のポートアイランドにある理化学研究所の「発生・再生科学総合研究センター(CDB)」の開所式が行われ、CDBが本格的に始動する。 ■世界最大 再生医療を治療に結び付けるための基礎研究が大きな役割。関係者が「専門の研究施設としては世界最大」と胸を張る施設は、四棟のうち三棟が既に完成、英科学誌ネイチャーも特集で取り上げた。関理夫CDBプロジェクト管理役は「発生生物学と再生医学がこの規模で一つになった例はなく、世界に与える刺激は大きいはず」と力説する。 気鋭の若手研究者を集めたのもこれまでにない特徴。京都大や大阪大など国内の大学から海外にも広く募ったチームリーダーの平均年齢は三十代。「世界的な成果を出せるかどうか。五年の任期中に結果を求められ、プレッシャーがかかる」(関管理役)。最終的には三十グループ、計約二百四十人がそろう。 ■お見合いの場 経済産業省と神戸市、企業が出資する「先端医療センター」は、連絡橋でつながっているCDBの基礎研究の成果を臨床に生かす応用研究が仕事だ。半導体工場並みにクリーンな細胞培養施設が自慢で、患者を受け入れる臨床棟も年内に完成する。医師を含む専属研究者約三十人のほか、この分野で活躍中の約百五十人を客員研究員に招いた。 さらに、隣接する「神戸国際ビジネスセンター」には成果の実用化を狙う内外の医療産業が既に進出。三施設合わせて甲子園球場に近い広大な施設群は「臨床応用という共通の目的に向け、産学が出会う“お見合いの場”」(神戸市)だ。 ■対抗意識 近畿では競い合うように研究拠点が新設される。 一九九八年にいち早く「再生医科学研究所」を立ち上げた京都大は、再生医療の切り札といわれるヒトES細胞の国産化を、中辻憲夫教授らが計画。研究所に四月「幹細胞医学研究センター」を併設し、年内の作成を目指す。同センターはES細胞の作成と他施設への分配、研究の連携、安全性の検定などを担当。研究所全体でこの分野でのトップの座を死守する構えだ。 一方大阪大は、臓器移植法施行後に国内初の心臓移植を実施した実績を背景に同じく四月、遺伝子治療から幹細胞による再生医療まで広く先端医療を手掛ける「未来医療センター」を新設。神戸大や奈良県立医大、滋賀医大なども研究成果を次々に発表している。 また、国立循環器病センター研究所(大阪府吹田市)は四月、実験治療開発部を再生医療部と改称。経産省系の独立行政法人産業技術総合研究所も、「ティッシュエンジニアリング(組織医工学)研究センター」を尼崎市の新ビルに移転。研究者を倍増する予定だ。 ▼安全と倫理課題も多く/来春までに指針 大きな可能性を秘めた幹細胞の登場が、将来の医療を激変させるのは間違いない。だが「人体をつくる」という新しい医療分野だけに、どこまで踏み込んでいいのか、簡単に答えは出そうにない。またES細胞、体性幹細胞とも、安全性や倫理面に多くの課題を抱えている。 ES細胞は、あらゆる細胞になれる万能性が魅力だが、人間の受精卵を“材料”にせざるを得ないという倫理問題が絡む。「他人の細胞なので移植すれば拒絶反応が起きてしまう」(福田恵一慶応大講師)ほか、未分化な細胞を完全に取り除かないと発がんの可能性もあると指摘されている。 国もこうした点を考慮。昨年できた文部科学省の指針は、ヒトES細胞をつくるのは不妊治療で使われなかった凍結受精卵のうち、夫婦が無償での提供を了承したものに限定。当面は臨床応用を禁じ、基礎研究だけを認めることにした。 体性幹細胞の場合は、自分の細胞が使えるので拒絶反応がない。だが体内に少量しか存在しないため、試験管内で培養して増やすなどの技術が不可欠で、そうした操作を加えても安全なのか、慎重な検討が必要。 一部の大学では既に臨床応用も始まっているが、厚生労働省は今年一月、専門の委員会での審議を開始、技術・倫理の両面の指針を来春までにまとめる方針だ。 ▼ポーアイ/「バイオ産業都市」へ 既に20社進出 理化学研究所の「発生・再生科学総合研究センター(CDB)」や先端医療センターなどが並ぶ神戸・ポートアイランド2期では来年秋までに、神戸医療産業都市構想のもと、さらに二施設の建設が予定される。 来年三月の稼働を目指す「臨床研究情報センター」は、全国の研究機関などから臨床研究で得られた情報をデータベース化し、新薬開発などに活用する。関西経済連合会が提唱し、製薬会社が出資した「ゲノム医療情報解析センター」も入居する。 もう一つはバイオ関連企業の進出を促す「起業化支援施設」。細胞培養センターや動物実験施設を備え、完成は来年秋の予定だ。 周辺にはすでに、バイオ関連二十社が進出。その一社、創薬ベンチャーの「エムズサイエンス」は「設立間もないベンチャーにとり、ビルを建てるほどの資金力はない」(三田四郎代表取締役)といい、支援施設への期待は大きい。 ちょうど二年前、先端医療センターが着工して以来、一気に施設展開が進んだ。背景には、国のミレニアム事業や都市再生プロジェクトなどに選定されたという条件整備がある。 目指すのは、コンピューター関連企業が集まる米国シリコンバレーのような地域。研究機関を中核にベンチャーなどの企業が集積する地域経済モデルは「産業クラスター」と呼ばれる。 「二十一世紀は生命科学の時代。産業の推進力にもなるはずだ」。六月、先端医療センター長に就任した寺田雅昭氏(前・国立がんセンター総長)は「日本初のバイオ・クラスターを目指したい」と力を込める。 ▼ヒトへの応用研究例 幹細胞による再生医療の臨床応用は、骨や筋肉などの組織での成果が先行、次いで、神経細胞が有望だ。臓器そのものの再生はまだ無理だが、心筋や肝臓などの細胞をつくる研究はどんどん進んでいる。 【骨・関節】 高倉義典奈良県立医大教授(整形外科)と大串始・産業技術総合研究所研究チーム長のグループは、患者本人の骨髄の幹細胞から骨を成長させ、人工関節の表面に敷いて足首に移植。関節症を改善した。 セラミックなどがむき出しだった従来の人工関節に対し、本人の骨を間に挟むことで異物を排除しようとする拒絶反応を抑え、人体になじみやすいのが特長。大串チーム長は「骨粗しょう症などに広く応用できる」と自信を見せる。 【神経】 治療が困難な脳神経の病気や損傷にも、再生医療は強力な武器になりそうだ。 神経のもとになる神経幹細胞を成人の脳で見つけた岡野栄之慶応大教授(生理学)は、マウスのES細胞から、神経幹細胞や運動神経、ドーパミンなど神経伝達物質を分泌する神経細胞をつくり分けるのに成功。マウスへの移植で治療効果も確認し始めている。 京都大再生医科学研究所の笹井芳樹教授(神経発生学)らは今年一月、世界で初めて猿のES細胞からドーパミンを分泌する神経細胞をつくり、臨床応用への期待が一気に高まった。 ドーパミン不足で筋肉に障害が出るパーキンソン病患者への投与で効果が見込め、同教授は「ヒトES細胞がつくられている海外では数年以内に治療に使われるだろう」と予測する。 【心筋】 福田恵一慶応大講師(心臓病先進治療学)らは一九九九年、規則的に拍動する心臓の筋肉をマウスの骨髄細胞から試験管内でつくり出した。これをマウスの心臓に移植すると生着することも確認した。 小室一成千葉大教授(循環病態医科学)は、猿のES細胞を心筋細胞に成長させた。「ほかの組織が混じらないように心筋だけをつくることが課題。ヒトES細胞での研究が始まれば約五年で臨床レベルに到達できるのではないか」としており、心臓移植しか根本的な治療法がなかった心臓病に光が差し始めた。 一方、国立循環器病センターは、骨髄から幹細胞を採取するのは負担が大きいとして、血液から幹細胞を取り出して心筋化する研究を始めている。 【すい臓・肝臓】 膵臓(すいぞう)では京都大再生医科学研究所の井上一知教授(消化器外科)らが、インスリンを分泌する細胞をマウスES細胞からつくり、糖尿病マウスに移植して血糖値を下げることに成功。また、肝臓では田川陽一信州大講師(発生工学)は昨年末、マウスのES細胞を肝臓の細胞に育てた。マウスの心筋と一緒に培養するなど、独自の工夫を重ねての成果だ。 <胚(はい)性幹細胞> ES細胞とも呼ばれる。あらゆる臓器や組織に成長できる能力を秘めた万能細胞。ヒトでは受精後5・7日たった受精卵(胚)から、将来胎児になる部分を取り出し、特殊な条件で培養してつくる。この細胞単独では子供にまで育つ能力はない。米ウィスコンシン大が1998年、不妊治療で使われずに残った体外受精卵から世界で初めて培養に成功した。 [ 閉じる ]
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