灘区の男性 5カ月かけ31カ国訪問
2001/05/08

 海路千八百キロ、陸路三万三千キロ、通過国三十一カ国。灘区の男性が、鉄道やバスを乗り継ぎ、ユーラシア大陸を約五カ月かけて横断した。いろいろな国の人々と会い、話したい。強い思いが五十八歳の男性を旅へと駆り立て、長年勤めた会社を辞めて夢をかなえた。(白倉麻子)

 同区篠原北町二の広瀬俊三さん(58)。二十四歳のときには八百日かけて中南米、東南アジアなど約五十カ国をヒッチハイクで旅行。その後外資系航空会社に勤務し、「六十歳までにもう一度」と夢を温め続けていた。

 「体力と好奇心がある今しかない」。長年勤めた会社を辞め、旅に出ようと決意したのは五十六歳だった。三十年前に見た世界と今とでは、どんな違いがあるのか―。一度決めたら、迷いはなかった。友人や家族に見送られて昨年九月、中国へ出港した。

 黄河流域地域からタクラマカン砂漠を越え、パミール高原へ。カラコルムハイウエーを伝ってパキスタン、インダス川をトレッキングしガンダーラに入る。戦禍に見舞われたバルカン諸国、旧ソ連圏の国々も通過した。

 乗っていたジープやバスが故障して歩く羽目になったり、国境で銃を持った男に現金を要求されたりと、予想外の出来事も多かった。

 しかし、パキスタンの山村で見たヒマラヤンブルーの真っ青な空には「もう死んでもいい」というほど感動した。政情が不安定なラトビアでは、母国に残って子供を産み、薄れつつある文化を守りたいと言い切る二十二歳の女性に胸を打たれた。忘れられない思い出とともに、二月末に帰国した。

 「今度はただひとつ残ったアフリカ大陸へ行き、五大陸制覇を」と広瀬さん。“冒険人生”はまだまだ続きそうだ。

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