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▼4▼ 生命の未来

発生生物学者 渡辺憲二さん(51)

プラナリアに重なるヒト

 体長一センチほど。ヒルにも似た水生生物プラナリア。この小さな生き物に、恐るべき生命力が隠されている。体をどんなに切断されても、その数だけプラナリアがよみがえる。再生の秘密は何か。姫路工業大学で研究に取り組んで十年になる。構造を解明すると、実はヒトの未来にもつながっていることが分かった。

 「プラナリアは、〇・二ミリほどの断片に切っても、それぞれが一匹のクローンを作る。下等生物ではない。脳をはじめ、ヒトに相当する器官をほぼ持つ、私たちと同じ多細胞生物です。細胞単位だけでなく、体丸ごとでも再生が可能な生物です」

 「福井医科大の助教授だった十数年前、ウズラの脳の上にある細胞が、全く異なる筋肉に分化(成長)することを発見した。意外だったが、結局は細胞レベルの話。体全体を作り直すプラナリアの劇的な再生に興味を持った」

 生き物の共通性」を見いだす。小さな生き物に、ヒトの姿を透かして見る。

 「双子は、切断された胚の細胞のそれぞれが人体を作った結果。つまり、発生段階のヒト胚は何にでもなれる。でも、万能性を持つ、その胚性幹細胞は間もなく消える。そして、特定の臓器などを再生・維持する体細胞だけが残る」

 「ところが、プラナリアは成長しても万能幹細胞を持ち続け、体を維持する。再生の予備細胞としても働く。まるで、ヒト胚を見ているようでもある。プラナリア研究は、ヒトがいかにして人間の形を作るか、その構造を解くカギになる」

 ヒト胚をめぐり、一九九八年十一月、衝撃が世界を駆け抜けた。アメリカの大学が、ヒト胚から胚性の幹細胞を取り出すことに成功した。「ヒトES細胞」という。人体のさまざまな臓器や組織に分化する万能性を持つ。二十一世紀の医学とされる再生医学に貢献する“夢の細胞”ともいわれる。だが、渡辺さんは「トラブルが起きなければいいが」と心配する。  

 「患者が必要とする臓器や細胞を作り、移植する。これが再生医療で、ヒトES細胞は、臓器の材料となる。しかし、技術が進歩すると、臓器にとどまらず、個体に近いものまで作られてしまう。クローン人間ができる可能性もある」

倫理ある再生医療に光

 「問題はまだある。仮に臓器を作っても、医療費は二千万円を超えるでしょう。人間の領域を踏み越える危険を冒しながら、メリットを享受するのは、先進国の金持ちだけだ」

 「二十世紀初頭に輸血が本格化して以来、移植医療は多くの生命を救ってきた。でも、売血など暗部の歴史も忘れてはならない」

 播磨科学公園都市にある大学の理学部教授室。昨年二月、総理の諮問機関である科学技術会議小委員会からアンケートが舞い込んだ。ヒトES細胞の医療応用について意見を求めてきた。渡辺さんは「使うべきでない」と返答した。

 「万能性を持たない体細胞の骨髄。血球しか作れないとされていたが、心筋などにも分化することが分かった。体細胞の多様性が明らかになった。個体を作るES細胞より、体細胞の活用の幅を広げることが健全な再生医学の道だと思う」

 「さらに、再生医療に使う体細胞は、本人のものに限る原則を作るべきだ。出生時に多様な分化能力を持つ細胞を保存しておけばいい。事故や病気で傷ついた時、その人の回復を支える“予備細胞”になる」

 大学の付属高校でも、プラナリアを題材に生命の神秘を説く機会がある。「ヒトはなぜ再生できないのか」と、生徒たちから質問が飛ぶ。

 「脳まで作り直せるプラナリアがうらやましいのかもしれない。でもヒトは、再生によるクローン増殖より、多様な子孫を残す道を選んだ。再生できなくても精密な中枢神経を発達させる戦略を取った。だからこそ繁栄した」

 「生命科学は、さらに進歩するでしょう。磨き上げられた技術は原理を次々に実用化する。しかし、何か忘れていないか。生命に対する高い倫理感を磨き上げること。科学の時代に生きる人間にとって、これが、極めて重要なことだ」

 

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