2.魚行商のおばちゃん(2003/01/03)
台所へ信頼届け半世紀/「品質第一」に固定ファン
 
 勢い良く跳ねる魚たち。食い入るようなまなざし。抑揚のある競り人の掛け声が響き渡る。「うたい」とも呼ばれる明石浦漁協の競り。競り人と、階段状の台に並ぶ卸業者らとの間で展開する駆け引きの現場は、威勢の良い浜言葉が飛び交う。

 業者らの最前列に、小柄な体でちょこんと座るのは、日富美町の常本文子さん(84)。今では市内にほとんどいなくなった魚の行商人で、五十年以上、この競り場で、地元の魚を選び続けてきた。キャリアと魚を見る目はピカ一だ。

 売り歩くのは週に三日。午後一時ごろから、競り落とした「明石の前物」の魚約十キロを手押し車に乗せ、お得意さんのいる路地を回る。常本さんの姿を見かけたなじみ客らが集まり、「魚屋」が開店。常本さんのことを「おばちゃん」、“店”のことを「第二の魚の棚」と呼ぶ客も少なくない。

 おばちゃんへ注文は多い。「今日の晩ご飯は刺し身にしたいねん」「うちはガシラのから揚げに」。主婦らが井戸端会議に花を咲かせる中、夕飯の献立に合わせ、おばちゃんは小さな手押し車のふたの上で、手際良く魚をおろしていく。「はよさばかんと商売にならへん。ほんま、ウルサイ客ばっかりやで」と、快活に笑う。

 淡路島・北淡町に生まれ、戦争中に明石に嫁いできた。三年前に亡くなった夫は元漁師。「立派な体格で、頑固やけどまじめな人やった」。空襲で自宅は焼けたが漁船は助かった。ところが焼け野原にバラックを建てて漁を続けていた矢先、夫は体を壊した。

 戦後間もない食糧難の時代。子ども六人を養うため、夫は陸(おか)へ上がり自転車で、妻は手押し車で魚の行商を始めた。

 おばちゃんは、猛暑の夏には手押し車に氷を敷き詰め、空気が乾燥する冬には魚に海水を掛けながら行商する。競りで、気に入った魚がなければ買わない。頑固なまでの商売かたぎは、夫譲り。「ええ魚やないと、お客さんがこうてくれへん」。品質第一。庶民の目を欺けないことを、だれよりよく知っている。

 だから客もおばちゃんを待っている。事前におばちゃんの情報が駆け巡り、明舞団地や西神ニュータウンから、“買い付け”の車が走る。「全然客が来うへんときもある。売れる日を見極めなあかんねん」

 おばちゃんの魚しか買わないというなじみ客は多い。大観町の主婦(75)は、だれよりも先に魚を買うため、競り場の近くで待ち伏せするほど。「明石で一番信用できる。味にも品質にもうそがない」

 おばちゃんは打ち明ける。「子どもらに『仕事は、もうやめとき』といわれる。けど、お客さんから家に『メジロちょうだい』って電話がかかってくるから、やめられへん。だれにも縛られへん、行商が好きやねん」

 明石の本当の味を守るのは、売り手と客の信頼関係。おばちゃんは、今日も手押し車に魚を乗せて、まちへ出る。うまい魚を待つ人のために…。

 
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