4.ウミガメにみる夢
(2003/01/07)
海岸再生のシンボル/住民、行政が守り手
三年前の七月上旬のその日は晴れていた。早朝、藤江の石井成道さん(70)は愛犬を連れて、いつもの散歩コースを歩いていて、見慣れないものを発見した。自宅の近くから谷八木にかけての海岸に広がる砂浜。手のひらほどの大きさの何かの痕跡が、波打ち際から点々と続き、途中で引き返すように再び海に向かっていた。「ウミガメの産卵の跡だ」。石井さんは初めての経験に、わきあがる喜びを抑えきれなかった。
日本に上陸するアカウミガメは、春になると東シナ海を北上、適当な砂浜を見つけて産卵する。そのため、上陸実績は宮崎や高知、和歌山など、太平洋に面した海岸がずば抜けて多い。当然、入り海では上陸が少なく、瀬戸内海に面しながら産卵地である明石はウミガメに選ばれた数少ない地だ。
戦前には毎年のように上陸していたという。「夏に早起きするとよくカメを見掛けた。上陸したカメで遊ぶ“浦島太郎”みたいなことも、現実にあった」。大久保町八木の桜井隆之さん(67)が証言する。
戦後に海岸の様子は激変する。埋め立てなどの影響で地形が変わり、浜の侵食が進む。対策工事で海辺にコンクリート設備が目につき始めたのと前後して、ウミガメは姿を見せなくなった。「半世紀ほど前からめっきりと。同時に人も海岸から離れていった」と桜井さん。
建設省(現・国土交通省)は一九八二年、市内の海岸を含む「東播海岸」を対象に、それまでの護岸による海岸安全対策に加えて、波浪の“緩衝材”にもなる人工海浜の整備を始めた。四年後、砂浜がよみがえった松江海岸に、ウミガメの産卵が確認される。久々にウミガメが戻ってきたのだ。それ以降は、ほぼ二年に一回のペースで上陸。現在までに市内で十五件の産卵が確認されている。
ウミガメの上陸で、住民の視線が海に集まり始めた。海岸の清掃に取り組む多くのグループも、ウミガメ上陸の六月ごろには特に熱心に活動する。桜井さんも昨年、地元自治会に呼び掛け、住民が主体となってウミガメ保護に取り組む組織を立ち上げた。これまでに、保護を訴える看板を海岸に設置。今年は行政とも連携した実行委員会を結成し、レジャー客などに協力を呼び掛けるつもりだ。
それでも桜井さんは「いまの海岸を手放しでは喜べない」という。「コンクリートから砂浜に戻ったのは良いこと。でも、使われた砂は明石以外から運ばれてきたもの。生態系がすっかり変わってしまった」。石井さんも同意見だ。「散歩は数十年続けているが、海辺の環境悪化は明らか」。海岸線に住む人たちは、変化を敏感に感じ取っている。
「しかし」と桜井さんは続ける。「砂もあと五年、十年すれば定着するはず」。手付かずだった海岸を懐かしみながら、子どもたちの未来のためにその再生を信じる大人たち。二人は口をそろえた。「ウミガメは、よみがえっていく海岸のシンボルなんです」
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