7.カヌー・シドニー五輪代表選手 丸山 小百合さん(27)(2003/01/08)
「二兎」追い限界まで挑戦
 
「わがままでも、チャレンジするだけ」。出勤前の早朝、1人で練習に励む丸山さん=西宮市西宮浜
 2000年9月、シドニー郊外ペンリス湖に8艇のカヌーが並んだ。女子カヤックシングル500メートル予選。最初の50メートルを飛ばした後、ピッチを緩めてペースを保つ―。序盤は作戦通りの展開だったが、途中から急激にスピードが鈍った。結果は最下位。二度目の五輪はあっけなく終わった。

 持久力で世界に勝てないから、後半も勝負ができるようにピッチを緩める。自分なりにベストだと考えた作戦が通用しなかった。私はあがり性で、スタート前は極度の緊張で手がしびれてしまう。そんな悪癖も出ず、体調も万全だったのに…。「実力が違いすぎる」と痛感しました。

 前後2年間、休職してまで臨んだ五輪。大舞台に立った満足感に、悔しさが交じり合った。帰国後、しばらく競技から遠ざかった。

 以前からシドニーを区切りに競技の第一線から離れることを決めていました。カヌーが嫌いになったわけじゃない。高校生のころからカヌー漬けの生活で、世間のことを全然知らない。夢だった教師の仕事も中途半端のまま。不安や焦りがあったんです。

 仕事に打ち込んで、教える楽しさをじっくり味わえました。体育教師って、できなかった技などを生徒が克服する瞬間に立ち会うことができる。カヌーの指導者という新たな夢も考えるようになりました。

 昨年4月、練習場に近い学校に異動したのを機に、1年半ぶりにパドル(櫂(かい))を握った。力試しに出場した国内大会で6位に入り、忘れかけていた「闘争心」がよみがえる。

 満足な練習もせずに参加したので予選落ちを予想していたら、まさかの決勝進出。「まだ戦える実力なんや」と驚きました。一方で居心地の悪さも感じた。今まで国内では一位が当たり前。なのに表彰台にも立っていない。悔しさの中で、「私はやっぱりアスリートなんや」と気付いた。その瞬間、復帰を決めました。

 練習量は以前の半分以下に。それでも、昨年の釜山アジア大会では日本代表に選ばれた。教師と選手の“二足のわらじ”で、来年のアテネ五輪を目指す。

 教師にはやりがいを感じている。それを捨ててまでカヌーを優先しようとは思わない。でも、もう一度、五輪に出たい。「二兎を追う」のはむちゃでわがままかもしれない。でも、「両立」という新たな目標ができた。そこに向かって再び限界まで挑戦したい。=おわり=

 〈まるやま・さゆり〉 神戸市東灘区出身。カヌー指導者でもある父は世界選手権二度出場、母は元日本チャンピオン、三人の弟もアジアや国内大会で上位成績を残す。神戸高―筑波大時代を通じて国内の第一人者として活躍。一九九六年アトランタ大会、二〇〇〇年シドニー大会に連続出場した。昨年四月から県立芦屋高の保健体育教諭。
 
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