5.食文化
(2004/05/05)
美味求めて東へ西へ
「江井ケ島酒造」周辺の町並み。「西灘」の風情を感じさせる酒蔵のひとつ
=大久保町西島
足穂は、相当な美食家だったに違いない。「明石」の中で、話題がいつの間にか、「おいしいもの」に移っていくのだ。
「私にとっては本当の明石土産」の干蛸(ほしだこ)、「焼いてホコホコの」玉子焼き、「丸づかみして食べたい」丁稚(でつち)羊羹(ようかん)、「快い、乾いた音を立て」「口の中で消えるように融けていった」富士せんべい…。今も受け継がれている名物は、足穂のお気に入りだったらしい。
「桜鯛」と題した「明石」の第五章で、足穂は“明石の魚論議”を展開し、小学生のころの明石のかまぼこやちくわの味を懐かしがる。足穂が「石だたみの狭い通り」と書いた魚の棚は今、昼網ですぐ近くの漁協などから仕入れた新鮮な魚類が並び、かまぼこ屋もオリジナルの手作り商品を売っている。
◇ ◇ ◇
さて、明石の魚で地酒をやりたいところ。辛党の足穂にしてはあまり言及が無いが、酒どころとして、東の「灘」に対して名付けられた「西灘」も登場する。
街中で丁稚羊羹の看板が目に留まる。足穂は「裏切られることのない」と太鼓判を押した
=本町1
山電の西江井ケ島駅の南側に広がる大久保町西島周辺へ。約三百年前は六十以上もあったという酒蔵は、現在では数えるほどになってしまったが、今も明石の酒を造り続ける酒蔵がある。足穂は「藤江に続く江井ケ島には酒造家の白壁が並んでいて…」と書いた。「白壁」は今、見ることはできない。が、杉の焼き板の蔵が町並みにおもむきをもたらし、散策を楽しくしてくれる。
◇ ◇ ◇
食通たちから教えてもらったのと同じことを、足穂が書いていた。
「野菜でも、魚でも、肉類でも、総てこちらは豊富で新鮮だから、別にお砂糖の必要はない。竜野の生醤油で十分なのである」。その上で、「東京人こそ物本来の生かし方を心得ていない」と続く。
東京人等々はさておき、新鮮な素材の味を生かした食べ物が一番おいしいことは、うなずける。幸いなことに、当地では今も、そうした食材と出合うことができる。
◇ ◇ ◇
「明石」は「稲垣足穂全集 第八巻」(筑摩書房)に収録されています。
=おわり=
(この連載は石澤菜々子、植田治男が担当しました)
〈メモ〉
魚の棚は明石駅から徒歩3分。周辺には和菓子店が点在する。江井ケ島酒造(TEL946・1001)は山電の西江井ケ島から南へ徒歩7分。近くには他の酒蔵も数軒ある。明石酒造組合TEL946・0120
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