台風23号 円山川水系  検 証
 
1.避難勧告/情報収集、タイミングは   (05/03/16)

 台風23号が但馬各地を襲った二〇〇四年十月二十日、二市十一町で出された「避難勧告」。住民にとっては生命と財産を守るための大きな判断基準となる。それだけに責任を持ったうえでの的確なタイミングの発令が求められる。あの日、「適切な避難勧告」はできたのか。神戸新聞社ではいくつかのポイントを基に、各自治体をランク付けした。一位には朝来町を選んだ。

 ポイントは四つ。(1)過去の教訓を生かせたのか(2)情報収集ができたか(3)勧告前の対応はどうだったか(4)発令のタイミング―を基準にして、総合的に判断した。

 朝来町は、二カ月前の八月に上陸した台風16号での反省点をもとに、地域防災計画とは別に職員らの細かい対応まで定めた「災害対応基本マニュアル」を作成。さらに九月の18号でも修正を加え、避難勧告に役立てた。

 勧告前の対応を見ても、危険な地区の高齢者をいち早く福祉施設に避難させている。職員の目視による円山川の状況とデータとしての水位、支流の時間雨量、気象庁のレーダーを見ながら早い勧告を出すことができた。

 続いて出石町。町長自らが出石川の支流の奥山川など町内を時間を置いて二回巡視し、水位などの急激な変化を察知して全域に発令。早いタイミングだった。

 町は、市とは違って面積が狭い。その中で、有効な情報収集の手段を生かしたと言える。だが、勧告前の対応はほとんどできておらず課題が残った。過去の教訓を生かした点も不十分だ。

 ほぼ全域に避難指示まで出した豊岡市はどうだったか。

 避難勧告の判断基準として、地域防災計画では、過去の経験に基づいて「円山川が危険水位(六・五メートル)を超えてなお上昇する見込み」と定められていた。今回は、国土交通省の水位上昇予測をもとにそれよりも早い発令に踏み切った。

 だが、地区によっては、すでに冠水で逃げるのが困難なところがあった。全域に被害が及んだ場合、きめ細かな情報収集と対応が必要になる。

 勧告前の対応では、安全性の高い避難所の選定や福祉施設への準備呼び掛けなどをしていた。

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 日高町と養父市では、勧告の遅れが際立った。

 日高町では、早くから消防団を通じて自主避難を呼び掛けていた。防災無線でも同様の放送をした。しかし、同町赤崎などに勧告が出されたときには、住民はすでに自宅二階から出ることすらできなくなっていた。

 災害対策本部へは電話が相次ぎ、町長も五時ごろの巡回で危険な状況に気付いていたが、生かされなかった。同町住民課は「確度の高い勧告にするため遅れてしまった」と話す。

 一方の養父市は、発足から半年たっても地域防災計画すら策定されておらず、危機管理能力が欠如していた。住民から情報が入っても適切な指示が出せず、情報収集の作業もできなかった。

 また、災害対策本部が旧養父郡四町の職員で構成され、旧八鹿町の被害に他町出身の職員は対応しにくい面もあった。

 旧八鹿町内の地区に避難勧告が出されたが、住民はすでに二階まで追い詰められるなど、逃げられる状況ではなかった。

 防災マニュアルなどの作成は新年度から着手する方針だ。

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 台風23号は、円山川水系にすむ私たちに大きな被害をもたらすとともにさまざまな教訓を残した。何が問題だったのか。被害を減らすため、これから何をすればいいのか。あらためて台風を振り返り、検証する。

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