| 台風23号 円山川水系 検 証 | |||
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台風23号では、自治体から指定された避難所が浸水被害に遭ったケースもあった。 日高町の岩中、宵田、赤崎。これらの地区は、円山川と稲葉川の無堤防区間にあたる。避難所に指定されていた公民館は低地にあり、濁流に襲われて使用できなかった。 赤崎の住民は自宅から外へ出ることもできず、二階や天井裏で台風が過ぎ去るのを待つしかなかった。だが、同地区内に住む男性(72)は「地区の大半の人は、最初から低い場所にある避難所を利用する気などなかった」と打ち明ける。 台風の後、赤崎では、山の中腹にある寺が一部を避難所に使っても構わないと申し出ている。同町は、四月の北但一市五町(豊岡市、城崎、日高、竹野、但東町)合併による新「豊岡市」発足後、六月から始まる円山川の出水期までに避難所指定を検討するという。避難に対する住民の意識も高めなければならない。 ◆ 安全な避難所であっても、遠くて行きにくい場所では緊急時、有効に機能しない。 豊岡市では、円山川の堤防からの越水も考えて安全性の高い避難所を選び、防災無線で住民に避難を呼びかけた。 しかし、同市江本では、指定された避難所までは距離がある上、道路が冠水するなどしたため、避難場所を変えるよう住民が市に要望。結果的に一階が床上浸水した近くのJAたじま農業センターに避難することになった。副区長の中野成晃さん(58)は「高齢者もいるし、行ったこともない場所を急に言われても行けなかった」と話す。 同市は今回、避難所として指定していなかった寺など民間施設六カ所も急きょ活用したが、安全な避難所の数が十分だったとはいえない。同市総務課の杉本正憲課長補佐は「堅牢(けんろう)な民間施設をできるだけ確保したい」という。現在、同市は市内百二十二区の区長に周辺で避難所に指定してほしい建物のアンケートを採っており、新市での避難所指定に役立てることにしている。 ◆ 避難所の運営や管理はどうだったのだろうか。 江本では市職員がJAたじま農業センターではなく、数人が避難しているだけの隣の建物に入ってしまっていた。 近くに住む田井忠男さん=当時(76)=は同センターに一度避難しながら、午後十一時前に自宅に戻り、翌日水死体で発見された。しっかりした職員がいて引き止めていれば、助かっていたかもしれない。防災無線が水没し、情報が入らなかったことも災いした。 今回、道路冠水などで職員が派遣されなかった所も多い。混乱した避難所があった一方で、豊岡高校などでは、住民を安心させたり、避難者を勝手に帰らせないように運営されていた。避難者名簿をつくるなどした例もあった。避難所の運営については、普段から住民と行政が話し合っておく必要があるだろう。 避難所では毛布が不足した。但馬空港の防災拠点には約四千百枚の毛布などを備蓄していたが、三本のアクセス道路が土砂崩れなどですべて通行不能に。豊岡市は約三百枚を備えていただけで、空港へ行けないとは想定していなかった。 ある市民は「ぬれながら避難したのに、毛布が足りず、自宅に戻ってしまう住民が多くいた」と指摘している。 |
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