台風23号 円山川水系  検 証
 
5.情報/勧告前でも詳細に伝達を   (05/03/22)
台風襲来時、災害対策本部には多くの情報の処理に追われた=2004年10月20日午後6時9分、豊岡市役所

 
 二〇〇四年十月二十日、不安にさらされた住民は多くの情報を必要としていた。

 円山川の水位上昇による排水ポンプの停止は、事態が深刻化することを意味する。内水の水位が急上昇し、冠水が一気に進む。ポンプ停止にあたり、豊岡市は、防災無線を使って放送した。

 だが、日高町は八代排水機場に関する情報を防災無線で伝えていない。同町住民課の担当者は「住民からの電話対応に精いっぱいで、情報を逐一伝えるというところまで頭が回らなかった」と話す。

 同町内の男性会社員(25)は「ポンプを停止するということが分かれば、次に何をすべきか分かる。どれだけ多くの人が避難場所に行けずに孤立し、多くの車がダメになったか」と指摘している。

 被災後、豊岡市は、市民から台風23号に関する意見を募集した。情報に関しては「地域単位の細かい情報提供を望む」「情報はきめ細やかにし、見通しも提供してほしい」などの声が寄せられている。

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 二十日午後四時十五分、中貝宗治豊岡市長は、国土交通省豊岡河川国道事務所から円山川の水位(同市立野)の予測を告げる電話を受けた。「今のままの状態が続くなら、午後九時には(堤防が耐えられる)計画高水位の八・一六メートルを超える」。

 四時の水位はまだ、三・〇八メートルだった。予測との格差が大きかった。市の災害対策本部では、信じることができず、避難勧告に備えながら次の予測を待った。

 最初の避難勧告が発令されたのは午後六時五分。国土交通省の予測が一般に知らされることはなかった。実際に計画高水位を超えたのは午後八時ごろ。予測より約一時間早かった。市民に伝える必要はなかったのか。

 二〇〇〇年九月に東海水害を経験した名古屋市では、避難勧告が遅れたことを教訓に、「避難勧告準備情報」を流すようにしている。まだ勧告を出す状況ではないが、出す可能性がある場合に、住民に準備を促す。

 中貝市長は「今後は、こういう予測があるので早め早めの判断をお願いしますという伝え方はできる」と話す。

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 台風23号では、各機関での情報の管理にも課題を残した。

 十月二十日、北但消防本部や豊岡市災害対策本部は、続々と入ってくる情報の処理に追われていた。

 午後八時三十三分、同市立野の住民から堤防が危険な状態にあることを伝える通報が同消防本部に入った。だが、それが災対本部に伝わったかどうか確認されていない。

 災対本部では、堤防の漏水情報でも国土交通省との間で認識の行き違いがあった。同市土渕の堤防が決壊したという誤報も入るなど、混乱した。災対本部内で情報を処理するための指揮系統も確立されていなかった。塚本信行収入役は「災対本部では、情報を共有することが必要だ」と話す。

 日本大学文理学部の中森広道助教授(災害社会学)は「災害時に情報が錯綜(さくそう)するのは仕方がない。どこから入ってきたのか、未確認か、確認したのかなど整理する工夫がいる」とし、「住民に伝える際には水位などの情報も、それがどのような意味を持つのか分かるようにする必要がある」と話している。

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