備えの意識 ―台風23号 西脇市の1年
下. 住民 (2005/10/21)

みんなが連携できるか

台風23号による水害の教訓から、高い基礎部分に建て替えられた家屋=西脇市内

 西脇市街地の南部。入り組んで立ち並ぶ家屋に交じって、建て替えられたばかりの新しい家屋が目に付く。ひときわ高いコンクリート壁で固められた基礎の上に真新しい木造二階建ての家屋があった。七月に完成した同市西脇、会社員藤田浩一さん(45)方だった。

 台風23号来襲の当日、家に流れ込んだ水は高さ一・八メートルにまで達し、平屋だった藤田さんの家は大規模半壊の認定を受けた。妻の佐紀子さん(45)は「翌日、水に漬かった家具を片付けながら『もうあかんな』と思い建て替えを決めた」という。

 建て替えの際、藤田さん夫妻が業者に注文したのは「水に漬からない家」。業者と相談して台風23号級の被害を想定し、高さ一・八メートルの基礎の上に家を建てた。一階の床は地上二メートルを超える。「河川改修や災害情報の伝達など行政に頼るしかないこともあるが、自分たちのことは自分で守るしかない」と佐紀子さん。

 北播地域で唯一の犠牲者となった西脇市西脇の平井たつゑさん(89)=当時=は一人暮らしだった。近くに親族もなく、逃げ遅れて、自宅で亡くなっているのを消防隊員らが発見した。近所の女性(72)は「あの日、何度も市役所や消防に助けを求めて電話したのに」と、くちびるをかみしめる。

 台風23号のあの日、にしたか消防本部には午後四時半ごろから十一時半ごろにかけて一一九番が二百五十件を超え、十本の電話がパンク状態。隊員ら約八十人はフル稼働で救助に駆け回ったが、どこに独居のお年寄りが住んでいるかも分からない状態だったという。

 市は二〇〇五年度から優先的に救助が必要な「災害弱者」の住所や生活状況などの詳細な情報収集を開始。しかし、四月一日施行の個人情報保護法で「救助に当たる消防団に情報を渡すことさえできない」というジレンマに悩まされている。

 同市小坂町(約二百九十戸)では九月、独居のお年寄り一人につき、近所の住民三人が一組となって災害時などに安否確認することを決めた。篠原巌区長(65)は「いざというときには、行政も手が回らないことも多く、結局は住民同士で助け合うしかない」と話す。

 一年前の台風災禍の中、仕事を休んで住民の救助活動やその後の片付けなどに奔走した消防団員。団員ら自身も被災しながらの作業だった。

 第一分団長の金井克年さん(40)=同市西脇=は「あの混乱した状態では市にもっとどうこうしろなどとは言えなかった」と災害の発生時を振り返る。携帯電話が通じず、消防無線があちらこちらから入り乱れる状況では、現場の消防団が把握している情報を市に連絡することも、またその逆もできない状態だった。

 多くの団員らは今も「家や物が水に漬かるのは仕方ない。でも命だけは救えたのでは」との悔しい思いが消えない。「同じことを繰り返さないためには市と消防団、住民が情報を共有するための早急な改善策が必要」と金井さんは訴える。

 今年九月の台風14号の際、自治会役員らの指示で体の不自由なお年寄りらを昼間のうちに避難所へ誘導した。市と自治会役員らが災害情報の綿密なやり取りをしていたからできたことだった。

 「行政だけでもだめ、住民だけでもだめ。いざというときにみんなが連携できるかどうかで、被害の大きさは変わる」と金井さんは力を込めた。(小西隆久、山岸洋介)

HOME ・ 北播TOP ・ 台風23号 ・ 連載TOP
上< 

Copyright(C) 2005 The Kobe Shimbun All Rights Reserved