住み慣れた家で −「在宅ホスピス」はいま

  

下.支え合う (2006/06/25)

病院との連携「安心」生む
姫路聖マリア病院のホスピス病棟。「在宅」との連携が鍵を握る=姫路市仁豊野

 「いざというときはホスピスがある」。それは、在宅ケアを望む患者と介護する家族にとって、大きな後ろ盾となる。

 ホスピス病棟を備える姫路聖マリア病院(姫路市仁豊野)。今年五月、ホスピス科が誕生して十年がたった。県内で三番目。全国的にも早い取り組みだった。

 十二床あるベッドは、ほぼ満室の状態が続いている。

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 一九九四年十二月。姫路の開業医、大(だい)頭(とう)信義(64)は、姫路聖マリア病院の院長室を訪れた。

 「ここに、ホスピス病棟をつくりませんか?」

 突然の申し出に、当時の院長は戸惑いを覚えながらも、強い関心を持ったという。

 在宅患者の最大の不安は容体の急変にある。地元にホスピス病棟があれば、痛みの緩和はもちろん、容体の急変にも対応でき、患者、家族双方にとって支えになる。

 患者の病状が安定し、家族が自宅でケアできるようになったら、退院すればいい。大頭はそう考えていた。

 在宅と病院、地域の連携。ホスピス科の開設以来、医長を務める田村亮(54)は課題を指摘する。

 「患者を紹介しあえる環境はありそうでない。在宅を手掛ける医師はまだ多くはない」

 新薬の開発もあって、近年、治療のレベルは向上している。田村は変化を感じ取る。「身体的苦痛の緩和にも増して、精神的なケアを求める患者が増えている」

 再入院や長期入院が難しくなっている今、どのように支え合うか。田村は提案する。「医師の常駐と長期滞在が可能なグループホームが必要だ」

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 松川道子(50)=高砂市=は、九六年、神戸の病院で乳がんの手術を受けた。「両方の肺にがん細胞が星空のように映っていた」。長い闘病生活の始まりだった。

 けん怠感、冷や汗、抗がん剤の副作用…。通院がつらくなり、次第に足が遠のいた。やがて、がんは脳に転移した。「すいません、すいません…」。激痛に、自らを責める幻聴が聞こえた。「洞(どう)窟(くつ)の中にいるみたい」。絶望の日々だった。

 二年前、知人の紹介で大頭に出会った。寝たきりの状態だったが、大頭は二週間に一度、高砂へ訪問診察した。

 心の安定を取り戻した道子は、大頭の勧めで脳腫(しゅ)瘍(よう)の手術を受けた。頭痛は治まり、がんは小さくなり、数も大幅に減った。奇跡的な回復だった。

 道子はいま、自転車で買い物に出掛け、食事の支度や洗濯など家事もこなす。体調が許せば、がん患者の集まりに出席し、自らの体験を語る。電話相談にも応じる。

 「再び生きる希望を与えてくれた先生や地域に恩返しがしたい」

 患者の体や心の苦痛が和らぐことで、家族の対話が深まる。貴重な時間を有意義に過ごせる。「支え合い」の輪は、地域で静かだが着実に広がっている。(敬称略)

(塩田武士)

 
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