「手紙」 ―芦屋から

震災12年

3.変容 (2007/01/13)

共通体験、遠くなった

 スクリーンに、地震の発生時刻を示す「5:46」の文字が浮かび、ヘリやサイレンの音を伴って、瓦(が)礫(れき)に埋もれた街が映し出された。あちこちから上がる黒煙、崩れ落ちた高速道路、ぐにゃりと曲がった線路…。

 震災から丸十年の二〇〇五年一月十七日、芦屋市民センター。初演から数えて六回目の公演で、前田伊都子さん(46)は朗読劇「手紙…」に、初めて映像や効果音を取り入れた。

 客席は市立精道中学の一―三年の生徒約五百人。地震が起きた時は皆、幼かった。「この年代から震災の記憶があいまいになってきていると思って。臨場感がほしかった」と前田さん。

 だが、被災した演劇仲間たちはこの演出に冷ややかだった。「いらんことするなよ」

 一九九七年の初演。舞台に臨む前田さんには、自身の震災体験を整理したいとの思いがあった。観客の反応にも達成感を覚えた。だから、長らく上演しようという気にならなかった。

 ところがその間、世の中では、あまりにたやすく人の命が奪われる事件が相次ぐ。「命がもぎ取られることがどれ程むごいか、震災で知った人も多いはずなのに…」。前田さんは心を痛めた。

 「初演とは違う気持ちで、またやってみてはどうだろう」。夫(42)や演劇仲間に再演を持ち掛け、二〇〇二年一月、芦屋市内で舞台に立った。

 それを見ていた西宮市内にある学校の教師から、生徒たちにも見せたい、と上演を依頼された。

 同年秋、初演同様、舞台装置も効果音もない、シンプルな朗読劇を中高生の前で上演した。

 職員室の中にも明るさが出てきて、時には、甲高い笑い声さえ上がるようになっていました。とてもいいことだ、と自分にいい聞かせながらも、叫び声を上げそうになる自分がそこにはいました。

 終演後、教諭が申し訳なさそうに話しかけてきた。「けしからんですね、何とかせんと」。上演中、居眠りする生徒が少なからずいたという。

 きっと疲れてたんだ。ちゃんと聞いてくれたら、そんなことはない。県外から通う生徒が多いからだろうか。そう考えてみたが、心の引っ掛かりはとれなかった。

 初演から劇にかかわってきた夫はその話を聞き、「風化は否めない事実じゃないのかな」と静かに言った。舞台と観客をつないでいた「共通体験」が、遠くなったと感じた。

■ ■

 〇五年は阪神間で三回上演し、毎回、当時の映像と効果音を流した。主役はあくまで、あの日、受け取った手紙。演出は導入部だけにとどめた。それでも、初回を知る観客や仲間には「あんな光景は、いやっていうほど見たのに…」と、表情を曇らせる人もいた。

 「生の言葉も、時がたつうちに使い古されたフレーズになる。もう一歩、踏み込みたかったの」

 迷いはあったが、「伝えたい」という思いが勝った。

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