美の城 ―第1部 白亜ふたたび

  

3.海の恵み (2007/01/04)

貝灰の白 輝きを永遠に
貝灰の白が、城の美を引き立てる=熊本県宇城市豊野町糸石

 匠(たくみ)の手で五重、六重と塗り込められた姫路城の漆(しっ)喰(くい)壁は、人肌のように滑らかである。

  耐火に優れ、湿度を調節する機能を持つ仕上げ材が、移り変わる四季や風土を受け止めてきた。匠は漆喰の息遣いに耳を澄まし、材料や調合にさまざまな改良を加える。伝統の技は、自然とともに息づいていた。

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  二〇〇九年度から始まる「平成の大修理」。大天守の塗り替えに必要な漆喰の量はまだはっきりしないが、約六トンという毎年の修理に要する量のざっと十倍ともいわれる。中でも、貝殻を焼いた貝灰は生産者が減り、量の確保が心配されている。

  貝灰は、原料の貝殻が海で簡単に入手できるなど、多用されてきた。だが、貝灰と成分が同じで、石灰石を焼いた消石灰の大量生産が可能になった現在、消石灰が主流となっている。

  そんな中、姫路城は貝灰を使い続ける。生産地が製造中止になると仕入れ先を変え、量を確保してきた。こだわりに明確な理由はないが、現場責任者の田渕靖(67)=姫路市広畑区=に尋ねると、効果は絶大という。

  「貝灰を使った後に鏝(こて)板(いた)を洗うと、薄い膜が残る。これが漆喰の防水効果を高めているのでは。鏝離れも良くなる」

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  熊本県宇(う)城(き)市豊野町。熊本市の南、静かな山里にトタン屋根の小さな工場はある。建物脇にうずたかく積まれたアカガイの殻。海から離れた山里で、ここだけは潮の香りが漂っていた。

  「諫早湾の干拓とかで潮の流れが緩慢になり、有明海に赤潮が出る。アカガイも不漁で、貝そのものも小さくなった」

  約半世紀、貝灰を作り続ける福島利行(68)。貝殻を手でつまみながら、顔を曇らせる。

  遠浅で、干潮時には干潟が広がり、豊かな魚介類をはぐくんできた有明海。沿岸の水産加工業者から購入した貝殻が原料となる。コークスと混ぜ、高さ約五メートルの巨大な窯で丸一日、八〇〇度で焼き上げる。それを水で冷まして寝かせ、ふるいに掛けて袋詰めにする。

  粉雪交じりの木枯らしのように、粒子状になった貝灰がふわりと工場内に舞い上がる。

  「質がいいものほど浮き上がるが、白さだけは湿度や焼け具合で変わる。相手は自然。思うようにはいかんなあ」

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  昭和三十年代に、福島は戦死した父親に代わり祖父から工場を引き継いだ。当時、民家は漆喰壁が主流で、新築や補修で注文が殺到。窯の火を消すのは、盆と正月だけだった。

  だが、近年、建築工法が変わり、需要は激減。製造工場も、福島のほかは、福岡、佐賀県に三軒が残るだけという。

  福島が窯に火を入れるのも、月に多くて二、三度。手掛けた貝灰は建材店を通じ、姫路城や熊本城の現場へ届けられる。

  「よく焼けて、きめの細かな貝灰は、時がたつほど白さを増していく。城を引き立て、ともに息づいている」

  姫路から南西へ約四百キロ。山里から届く海の恵みが、白亜の輝きを永遠にする。=文中敬称略

(井関 徹)

 
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