明治時代、生野鉱山と現在の姫路港を結んだ「銀の馬車道」、古くは但馬街道とも呼ばれた道筋に鎮座しています。赤穂義士の大石内蔵助と妻りくが京都・山科に向かう際に立ち寄り、道中の安全を祈ったと伝えられています。お堂の回りの岩肌からわく水は、いぼに効くといわれ、神戸や姫路からもくみに来る人がいるそうです。この水で煮炊きすれば食べ物が腐りにくいとされ、戦後の食糧難の時代に重宝されたそうです。
毎年八月二十三日、地蔵盆が催されます。地元の片岡辰彦さん(80)の推薦です。片岡さんは「伝承を若い世代にも伝え、地域で守っていきたい」と話されています。