社説

  • 印刷
安保関連法が成立した参院本会議=昨年9月
拡大

安保関連法が成立した参院本会議=昨年9月

安保関連法が成立した参院本会議=昨年9月

安保関連法が成立した参院本会議=昨年9月

 「戦後民主主義到来の日」と呼ばれる日があることを最近知った。

 1949(昭和24)年7月19日。今井正監督の映画「青い山脈」が封切られた日だ。前、後編で3時間の大作は、昨年9月に亡くなった原節子さんが主演し、大ヒットした。

 「古い上衣(うわぎ)よ さようなら…」。原さんらがさっそうと自転車で走る姿がまぶしかった。明るく軽快な主題歌とともに、封建的な考え方に対する戦後民主主義の勝利をうたい上げた。敗戦から4年、新憲法施行から2年。国民はまだ厳しい暮らしを強いられていたが、新しい時代を表現した作品は希望を与えた。

 戦後70年が過ぎた今、その民主主義が機能しているのか、民意はくみあげられているのか-。あらためて問い直す必要がある。

       ◇

 「民主主義って何だ」

 昨年夏、安全保障法制に反対し、国会周辺を埋めたデモで繰り返し叫ばれた。中心となったのは大学生らでつくる団体「SEALDs(シールズ)」だった。「何だ」の問い掛けに、「これだ」と応じる。

 「こうして声を上げる私たち自身が民主主義の中心だ。主権者だ」との思いを込めたのだという。

 一方、安倍晋三首相は、法案採決前に「決めるべき時には決めていく。これが民主主義だ」と語った。

 安全保障関連法は数の力による強行採決で成立した。特に参院特別委員会の採決時は委員長周辺で怒号が飛び交う混乱状態だった。議事録には「議場騒然、聴取不能」とだけ記され、発言は記録されていない。

 実質11本の複雑な法案で「説明不足」とする国民は多かった。日本の安全保障政策の転換となる内容だが、熟議とは程遠い国会だった。

 戦後70年の節目に、民主主義は無残な姿をさらしたといえる。

目立つ逆行の動き

 もう一度、映画「青い山脈」に話を戻したい。

 男女交際問題で孤立した女学生を救うため、原節子さんふんする教師が教室で発言する場面が印象的だ。「家のため、国家のためという名目で、個人の人格を束縛して、無理やり一つの型にはめこもうとする。日本人の今までの暮らし方の中で、一番間違ったことなのです」

 男女交際などもってのほかとの考えが残る町と学校を女性らが変えていく。その姿が「戦後民主主義到来」を感じさせたのだろう。

 個人を尊重する。憲法は国民主権、国民が主役とうたう。「国が第一、私は第二」などという考え方を転換する-。そんな民主主義社会を築く努力を重ねてきたはずだが、流れに逆行するような動きもある。

 一つは1年余り前に施行された特定秘密保護法だ。情報が政府の都合で隠され、「知る権利」が侵される恐れがある。「由(よ)らしむべし、知らしむべからず」。国民はただ従わせ、説明する必要はない-という時代に戻りかねない危うさがある。

「日本が見えない」

 昨年12月、表現の自由を担当する国連の特別報告者が日本での現地調査を予定していたが、日本政府の突然の要請で延期された。「予算編成などのため万全の受け入れ態勢が取れない」との理由だった。これに対し「秘密保護法や、政府によるメディア介入が取り上げられるのを避けたのでは」との指摘があった。

 懸念の声が上がるのも無理はない状況がある。

 昨年6月、自民党所属国会議員の勉強会で報道機関に圧力をかける発言が相次いだ。報道番組の内容が問題として自民党がNHKと民放の幹部を事情聴取したこともあった。民主主義の土台である表現の自由や知る権利を揺るがす行為が目立つ。

 昨年、あらためて注目された戦没詩人竹内浩三の作品が思い浮かぶ。

 「日本よ/オレの国よ/オレにはお前が見えない」

 戦争末期に23歳で戦死した詩人は「自由でありたい」と願い、戦争の不条理、心の葛藤を表現した。

 その死から70年余り。日本は竹内が願ったような国になったのか。

 岐路に立つといわれる中、今年夏には参院選挙があり、選択の年となる。選挙権年齢は「18歳以上」に引き下げられ、若い世代が有権者として政治参加することにもなる。

 戦後71年目。日本の今を見詰め、民主主義、民意について考えたい。

社説の最新

天気(12月6日)

  • 14℃
  • 12℃
  • 20%

  • 11℃
  • 7℃
  • 60%

  • 14℃
  • 12℃
  • 20%

  • 13℃
  • 8℃
  • 20%

お知らせ