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第65回神戸新聞平和、文化、社会、スポーツ賞

 優れた業績を挙げた兵庫県ゆかりの個人・団体を顕彰する「第65回神戸新聞平和賞、文化賞、社会賞、スポーツ賞」が決まりました。本賞は平和憲法発布を記念して1947(昭和22)年に制定。各界から推薦された候補を本社選考委員会で審査し、平和賞、文化賞、社会賞、スポーツ賞に各1件を選びました。表彰式は6月14日に神戸市内で行います。

〈平和賞〉佐渡裕(さど・ゆたか)さん(49)と兵庫芸術文化センター管弦楽団 西宮市

阪神・淡路大震災からの復興のシンボルとしてオープンした同センターの芸術監督、専属オーケストラとして多彩な活動を展開し、地域交流や青少年活動にも貢献。国内外の被災地支援にも取り組み、東日本大震災でもいち早くチャリティーイベントを展開している。

阪神・淡路大震災からの復興のシンボルとしてオープンした同センターの芸術監督、専属オーケストラとして多彩な活動を展開し、地域交流や青少年活動にも貢献。国内外の被災地支援にも取り組み、東日本大震災でもいち早くチャリティーイベントを展開している。

演奏通じて被災地支援

 「音楽には、社会のためにできることがある。兵庫が教えてくれた」

 阪神・淡路大震災からの復興のシンボルとして開館した兵庫県立芸術文化センターの芸術監督。35歳以下で構成する兵庫芸術文化センター管弦楽団を率い、昨年5周年を迎えた。地域住民との交流だけでなく、県西・北部豪雨の被災地支援などにも力を入れてきた。

 しかし、東日本大震災の被害はすさまじく、無力感にとらわれた。そんな時、ドイツでの慈善演奏会の指揮を依頼された。「世界が励ましてくれている。自分は橋渡しをしよう」。曲目は、同センターのこけら落とし公演と同じベートーベンの交響曲第9番。「世界の人々が手を取り合って平和を築く。それが『歓喜の歌』だと実感した」

 帰国後、同センターで開いた同楽団の復興祈念演奏会では、自ら募金箱を持って呼び掛けた。

 1961年、京都市生まれ。85年、広島平和コンサートでタクトを振る米国の名指揮者、故レナード・バーンスタインの姿に感銘を受け、2年後に師事。ブザンソン国際指揮者コンクールなどで優勝し、国内外の一流オーケストラで活躍する。

 5月20〜22日には、子ども時代から憧れたベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の定期公演で指揮する。「兵庫の人にも誇りに思ってもらえたら」と笑顔を見せる。

 芸文センター管弦楽団は「最初の一歩を踏み出したばかり」というが、楽団員一人一人にファンができたり、恒例のオペラ公演が地域の祭りのように盛り上がったりと定着しつつある。「地元に愛されるオーケストラとしては、きっと世界一になる」

(神谷千晶)


〈文化賞〉棋士 久保利明(くぼ・としあき)さん(35) 大阪市

2009年に将棋界の七大タイトルの一つである「棋王」、翌年に「王将」を獲得し、2冠に。兵庫県出身者では谷川浩司九段以来。加古川市出身で将棋の町「加古川」の顔となっている。

2009年に将棋界の七大タイトルの一つである「棋王」、翌年に「王将」を獲得し、2冠に。兵庫県出身者では谷川浩司九段以来。加古川市出身で将棋の町「加古川」の顔となっている。

華麗な棋風 2冠防衛中

 いま、最も勢いのある棋士だ。2009年に初タイトルを獲得して以来、棋王3期、王将2期の2冠防衛を続ける。

 長らくタイトルとは縁がなかった。01年以降、4度の挑戦は、いずれも羽生善治という壁にはね返された。

 自らを見詰め直す中で、勝ち負けにこだわり、将棋を楽しめていないことに気づいた。初心に戻り、「楽しむ」姿勢を第一にした。「負けを恐れなくなり、いい意味で開き直って指せている」。好調の要因を、そう分析する。

 「棋士のまち」を掲げる加古川市の出身。現在は大阪市に住むが、故郷への愛着は強い。加古川で東日本大震災の被災地支援行事を開くことを提案し、この2日、自らも参加した。2月には加古川・鶴林寺で、王将戦の初めての防衛戦に臨んだ。平常心をむねとしながらも「勝ちたいと思った」と明かす。最後は紙一重の勝負となったが、意地が勝った。

 先の目標は定めない。頭にあるのは「前後際断」。過去も未来も断ち切って「今」に集中するという意味の禅の言葉だ。

 「一局、一手に集中したい。何十年後かの棋士に『いい将棋を指していたんだな』と思われる棋譜が残ればいい」

 “さばきのアーティスト”と異名を取る華麗な棋風さながらに、さらりと言った。

(武藤邦生)


〈社会賞〉倫生会みどり病院と理事長額田勲(ぬかだ・いさお)さん(70) 神戸市西区

昨年に病院開設30年を迎えた。この間、脳死や臓器移植などのテーマに足跡を残す一方、阪神・淡路大震災後は被災者医療に献身。東日本大震災でも実績を生かした支援を展開している。

昨年に病院開設30年を迎えた。この間、脳死や臓器移植などのテーマに足跡を残す一方、阪神・淡路大震災後は被災者医療に献身。東日本大震災でも実績を生かした支援を展開している。

健康重視の復興に尽力

 阪神・淡路大震災の被災地で「人間の復興を」と声を上げた。道路や建物はどんどん再建されるのに、被災者は生活苦にあえぐ。誰にもみとられずに亡くなり、何日もたってから発見される「孤独な死」に胸を痛めた。

 発生から約7カ月後、約1700戸が並ぶ神戸市西区の仮設住宅に、プレハブの仮設診療所「クリニック希望」を開設。みどり病院の職員らと一丸となって被災者支援に取り組んだ。

 そこで見えてきたものは、社会的な弱者の姿だった。震災を生き延びたのに、自殺が相次ぐ。アルコール依存に陥り、命を縮める人もいた。

 阪神・淡路の教訓を生かさないといけない。東日本大震災で甚大な被害を受けた仙台市に2度入り、現状を調査。仮設住宅が建設された後、どう支援できるかを検討している。

 「健康に重点を置いた復興施策が必要。例えば、仮設住宅と医療機関を巡回バスで結べないだろうか。地元の医療機関と連携して支援するつもり」と対策を巡らせる。

 病院設立から約30年。地域医療をけん引すると同時に、社会の病巣に目を向けてきた。1987年に神戸でシンポジウム「死と脳死を考える」を開催。その後も臓器移植、終末期医療、福祉、がん治療を取り上げた。「最先端の医療技術に潜む危険性を浮き彫りにしたい」

(中部 剛)


〈スポーツ賞〉滝川第二高校サッカー部 神戸市西区

今年1月の「全国高等学校サッカー選手権大会」で初優勝し、4185校の頂点に立った。兵庫勢の優勝は昭和13年の旧制の神戸一中(現神戸高)以来、69大会ぶりの快挙となった

今年1月の「全国高等学校サッカー選手権大会」で初優勝し、4185校の頂点に立った。兵庫勢の優勝は昭和13年の旧制の神戸一中(現神戸高)以来、69大会ぶりの快挙となった

高い決定力で全国制覇

 1月、「第89回全国高校サッカー選手権大会」で初優勝した。兵庫県勢として、1938年(昭和13年)の旧制神戸一中(現神戸高校)以来、69大会ぶりの全国制覇。選手の自主性を引き出す栫(かこい)裕保監督(50)の指導と、伝統の攻撃的なサッカーが大きく花開いた。

 初戦を6―1で大勝し、3回戦で前年準優勝の青森山田高校を破るなど快進撃を続け、6試合で20得点5失点。大会得点王に輝きJ1清水エスパルスに入団した樋口寛規選手と、浜口孝太主将(現青山学院大)の強力FW陣が高い決定力で牽(けん)引(いん)した。守備陣も3試合を完封するなど一戦ごとに成長した。

 昨夏の全国高校総体で準優勝したが、個性が強すぎてまとまりに欠ける時期もあったという。「勝ち負けより大事なことを知ってほしかった」。指揮官は練習を放棄する荒療治も施しつつ、チームプレーの大切さを考えさせた。大会中は登録25人中24人をピッチに送り出すなど信念を貫き、選手も一つになって頂点まで駆け上がった。

 84年の創部以来、岡崎慎司(ドイツ1部リーグ・シュツットガルト)ら多くのプロ選手を輩出した強豪だが、これまで同選手権ではベスト4止まり。栫監督は「夢をかなえられなかったOBの思いが力になった。滝二(たきに)全体で勝ち取った優勝だったと感じる」と話した。

(山本哲志)

(2011/05/03)

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