
(2010/12/05)
(1)出版の水脈
人と時代を見つめて
本は文化、と平尾隆弘さん。「だけど、ビジネスの側面が欠如したらダメ。いい本でも待っていたら売れない」=東京都千代田区紀尾井町、文藝春秋(撮影・西岡正)
「文春ジャーナリズム」という言葉がある。司馬遼太郎は、文藝春秋を大正期に創業した菊池寛、戦後の池島信平らを挙げ、「地面のジャーナリズム」と形容した。思想や論、権威にとらわれず、事実や好奇心に重きを置く編集姿勢を指す。
その伝統は数々の作品や企画、スクープとして結実し、文春は戦後の日本で独自の存在感を放ってきた。
菊池から数えて11代目の社長、平尾隆弘(64)は、社内には文芸と春秋という、性格の異なる二つの文化が流れているという。
「個人や自分に向かうのが文芸。春秋は批判力をもって時代や世界を見つめる。この二つが往復運動しながら総合されるのが理想ですね」
平尾は大阪・千里山に育ち、当時、神戸市灘区にあった神戸市外大(1986年に西区に移転)で学んだ。本と雑誌漬けの青年はワンダーフォーゲル部に入り、「六甲山がホームグラウンドになった」。
外大の立つ丘から海のきらめきを見つめた。テントを張った菊水山で夜景にため息をついた。英会話力を試そうと、港に出掛けて臆せず外国船員に話しかけた。
「神戸は開放的で気持ちを明るくする街。トポス(場所)の力が僕の感受性に影響して、編集者として生きる糧を与えてくれた」
入社は70年。女性誌や週刊誌、月刊誌で編集長を歴任。若いころからこだわり続けたのが、「本」だった。
雑誌で書評欄を担当し、著者インタビューを重ねた。一方、本の流通過程を追うルポ、印刷や製本、装丁など本に関わる人々のインタビュー…。企画をひねり出しては、自ら取材して書いた。
本は文化であり、ビジネスでもある、この不思議な存在―。「好きな本、いい本、売れる本。送り手側からみれば、この三つが1冊に重なってほしい」。しかし、いい本だから売れるとは限らず、嫌いな本でも買う人はいる。
本が売れない時代。だが、「活字離れといわれるが、経営的には広告料収入の低下の方が問題。書籍、雑誌の部数は下げ止まり、いずれ回復する」。そんな実感がある。
現場主義の平尾がこだわるのは、ずばり編集力だ。「出版社の本質は、コンテンツ(内容)の生産と販売。文芸と春秋という方向で、自分たちのスキルを磨き続ける姿勢は、これからも変わらない」
世は出版不況の真っただ中。倒産や廃業で国内の出版社の数は4千を割った。しかし、本の豊かな森には、個性あふれる出版人をはぐくむ水脈がある。(敬称略)
(編集委員・加藤正文)
「個性」で結ぶ作品と読者
活字一字一字に魂を込め
本と酒と阪神タイガースを愛する間村俊一さん。「いい大人の道楽だから『たまや』はぜいたくに作るんだ」=東京都新宿区、山猫軒(撮影・吉沢敬太)
「活版印刷は、紙を金属で押さえ付ける、物理的な力が掛かってる。だから魂が入り込んで、文字自体が主張するんだよ」。確かに指でなぞってみると、一字ずつの手触りが温かく残る。2003年5月創刊の文芸誌「たまや」。東京・神楽坂にある発行所「山猫軒」の主(あるじ)が、装丁家の間村俊一(55)である。
あえて費用自腹の同人制を敷くのは「普通の出版社には絶対できないものを作るため」。編集人は神戸の詩人・季村敏夫(62)と大阪の瀧克則。詩歌や散文、写真などジャンルを超えた作家へ、3人が自由に原稿を依頼する。装画は詩人・佐々木幹郎。書き手も俳人・加藤郁乎や、歌人の岡井隆ら豪華な顔ぶれだ。そして間村が、今や絶滅寸前といわれる活版印刷で、読み手の目にぐっと食い込む1冊に仕上げる。
「古本屋の1軒もなかった」という宍粟市山崎町の出身。本作りの歩みは同志社大学へ進んでから始まる。できたばかりのサークル「演劇集団Q」に入り、アングラ演劇に熱中。唐十郎や寺山修司、澁澤龍彦を読みふけった。芝居の傍ら、同人誌を発行。内部分裂などで創刊早々に終わる“三号雑誌”があふれる中、間村が造本を担った「ゐまあごを」誌は10年ほども続いた。
「絵描きは自己完結するが本作りは違う。著者に編集者、装丁家、印刷や製本の人もいて1冊の本ができる。そこが芝居と似てるのかも。皆でわいわい作っていく、風通しのよさが好きなんだな」
2年の会社勤めを経て独立。ちょうど装丁の仕事を始めた先輩を手伝いながら腕を磨いた。営業活動はせず、仕事は「飲み屋での本談議」の中で増えた。が、月に手掛けるのは13〜15冊まで。「20冊を超すと飲めなくなるからね」
影響を受けた一人は、1970年代神戸から多くの美書を世に送った「コーベブックス」出版部の渡邉一考(63)。「渡邉さんの限定本や特装本は僕の仕事とは別物だけれど、ああいう本に触れた体験は大きかったな」。間村は一般の普及本の世界で活字へのこだわりを継ぐ。
「職人さんは凹凸が残るのを嫌がるんだけど、あえて強く圧をかけてもらう。活字が危うい時代だからこそ、思い切り強く」
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所変わって、大阪市中央区のマンションの一室。ここにも豊かな本の森が生い茂っている。松村信人(61)が営む出版社「澪標(みおつくし)」は、文芸4誌の発行所を担う。
関西学院大文芸部OBらが作る「別冊關學(かんがく)文藝」、詩誌「火の鳥」「イリプスUnd」、そして「びーぐる」だ。このうち唯一の商業詩誌「びーぐる」は高階杞一(59)=神戸市北区、細見和之(48)=篠山市=ら4詩人の編集で一昨年秋に創刊。新人発掘のための投稿欄に力を注ぐ。
「本離れといわれるが、書くことで表現したい人はむしろ増えている。世に出すべき作品はまだあるはず」
自身も元・投稿マニア。県立加古川東高校時代、受験雑誌の詩壇に意欲作を書き送った。関学大では「大半が学生運動で捕まり」、誰もいない文芸部に所属。部を立て直しつつ、小説も書いた。
転機は79年。神戸学生センターでの文学フェスティバルだった。全国約800冊の同人誌を集め販売したところ、これが大盛況。埋もれた作品と読者を結ぶ仕事が始まった。翌80年には「西斗社」を設立。さらに96年、休刊となった文芸誌「関西文学」の再建母体として「澪標」を興す。
これまで文芸書を中心に約400冊を刊行。このほど初の電子書籍も。「来るものは拒まず。電子書籍には新しい読者開拓の可能性を感じる」。一方、今作りたい本は「愛煙詩集」。「今の“禁煙ファシズム”にうんざりしてる人は多いはず。時代にしっかり訴えかけていきたい」
しなやかにして流されず、茫漠(ぼうばく)とした海に確かな航路を示す。それが澪標だ。
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本の森には人も集う。ミニコミ発行者らのイベント「パブリッシュゴッコ」。この2年間に計11回開かれ、会場の神戸・元町「トンカ書店」はいつも大入り満員になる。熱気の真ん中で印刷や編集のコツを説くのが「ドグマ出版」代表で漫画家の香山哲(28)。
「書店流通本と自主出版物って、今は部数や内容に差がなくなってきた。大手から本を出してるからすごい、なんて思わなくていい時代ですよね」
姫路で生まれ、神戸市垂水区で育った。印刷物への目覚めは「ビックリマンシール」。多色刷りに箔(はく)押し、立体的に見えるエンボス加工やホログラム…。そこには「紙幣より精巧」といわれる印刷技術が詰まっていた。
自ら刷り始めるのは信州大学へ進んだころ。「学生運動のまねごと」のような文面をガリ版印刷し、読んでもらうために漫画も添えた。3年のとき「ドグマ出版」を設立。自作漫画「この世の果てのアリス」に「第1回ドグマ出版新人賞」を授与し、出版人として漫画家として出発する。
手書き文字そのままの小冊子から漫画雑誌、電子書籍、ゲームも作る。11月にはノンフィクション系書籍に定評のある出版社「アストラ」から単行本も出した。印刷、出版の多様な可能性を試す。
「状況はどんどん変わる。変化によって受けた影響をフィードバックしつつ、新しいものを作っていかないと。大手より僕らの方が、柔軟にできるんじゃないかな」
森にはしばしば新種や珍種が生まれる。だから楽しい。(敬称略)
(文化生活部・平松正子)