「命の重み」どう伝える 模索する教育現場
2004/06/07

 長崎県佐世保市の小六女児事件は、日常で「死」が希薄な存在になる中、子どもたちに命の重みを伝えることの難しさを改めて社会に示した。兵庫県内の教育現場では、一九九七年の連続児童殺傷事件以後、子どもたちに命の重みを伝えようと模索が続く。現場の声に耳を傾けた。

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「佐世保の事件に、現実を突き付けられる思いがした」。兵庫・生と死を考える会の高木慶子会長はいう。

 同会は阪神・淡路大震災と児童殺傷事件をきっかけに、生と死の教育の実践カリキュラムを作成。現在も月一回、教育研究会を開くなど活動を続ける。

 インターネット、携帯電話。「技術の進歩に、人々の心の進歩が追い付かない」と高木会長。「子どもは大人がつくる世界で生きている。大人がきちんと死を受け止めれば、子どもに伝わるはずだが、今は大人の世界に生や死の感覚が根付いていない」

 考える会メンバーの加古川南高の原実男教諭(44)。前任の明石城西高で新聞部の顧問をしていた。九七年、「死」について考える新聞を発行。部員たちは、ホスピス病棟や食肉の解体現場への取材を重ねた。肉牛の解体に触れた生徒は「私は彼らに生かされていることを痛感した」と記した。

 「大人が生と死について考えることを先送りにしている」と同教諭。「だれもが身近で人の死を体験しているはず。年一回でいい、真剣に語り合える場を設けてはどうか」と提案する。

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 兵庫県教委は児童殺傷事件を受け、九八年から「生と死の教育」についての教員研修を始めた。毎年、約二十人の教師が参加。研修への参加動機を語り合い、子どもたちの死生観や指導方法について、議論を重ねた。問題意識は深まったものの、何をどう教えるか、明解な処方せんは見つからない。

 「死を突き詰めていくと宗教に至る。公教育は宗教に触れられない。教育行政で死の問題を取り扱うのは難しい」。研修プログラムの作製にあたった岡野幸弘・県教委高校教育課長はいう。

 研修と同時に「トライやる・ウィーク」がスタートした。地域での体験学習による「心の教育」に注目が集まる中、教員研修は二〇〇一年、姿を消した。

 岡野課長は「今の時代、死は教師にとっても遠い存在になっている。そのことを認めざるを得ない」と振り返った。

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