神戸に愛はあったのか
2004/09/28

 「ブルーウェーブ」は本当に神戸で愛されたのだろうか。

 1995年、阪神・淡路大震災。チームは「がんばろう神戸」を合言葉にリーグ優勝を果たし、被災者に希望の光をともした。翌年に日本一。街とチームは一体となり、復興の象徴にもなった。だが、覇権から遠ざかり、低迷が続くここ数年、本拠地のスタンドは限りなく寂しかった。

 イチローという「天才打者」が去った。チームは開幕直後から最下位を独走した。スタジアムに足を運ぶほどの魅力が薄れていたのは、事実だ。それでも、「わが街の球団」ならば、若干でも愛情を注ぎ込むことはできなかったか。

 統合表面化後、顕著に客足が伸びたとは言い難い。後援会や行政が集めた署名は「合併反対」ではなく、「本拠地存続」。「青波」を失うことを恐れた一部のファンの懸命の声は、地元のうねりにならなかった。

 統合球団は神戸、大阪の2本拠地制を唱える。だが、専用球場は大阪ドーム。ヤフーBBスタジアムは「セカンドホーム」とも言える。新たな市民球団誘致を叫ぶ前に、「神戸」はこの現実を真摯(しんし)に受け止めなければならない。(松本大輔)

・特集「BW近鉄合併

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