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ブレザー制服に押される
| 春は出会いと別れの季節。最後の卒業式がすんで早五年になる探偵(27)にとって、今も忘れられないのが、中学三年のあの日。ひそかに好きだった同級生の第二ボタンが欲しくて、正門の前で勇気を振り絞って話しかけたっけ。最近は制服がブレザーの学校が増えているけど、あの古き良き風習は今も健在?(坂口紘美) |
▼詰め襟ならでは
「なにそれ」「テレビドラマで見たことはあるけど…」
ブレザーの制服の神戸市立井吹台中学校(同市西区)三年の男子生徒四人の反応にがっかり。だめを押すかのように「もらってもうれしくない」と女子生徒。そんな…。
焦る探偵は宝塚市や芦屋市、明石市などブレザーの中学校六校を次々取材したが、第二ボタンをあげる風習がある学校は皆無。なぜ、なぜ?
宝塚市立御殿山中学校の丸山恒夫校長(58)は「市内十二校のうち今は十一校がブレザーだが、昔は大半が詰め襟でした。そのころは確かにボタンのやりとりがあった」と証言する。それならばと、制服が詰め襟の姫路市立城乾(じょうけん)中学校を訪ねた。
「第二ボタン? 普通にやりとりしてる。私も先輩のが欲しい」と二年生の女子。別の女子は「高校二年のお姉ちゃんは、好きな人からもらった第二ボタンにチェーンを通して通学かばんにつけている」。良かった! ここには切なく甘酸っぱい風習はまだ残っている。
一方、同じ詰め襟でも神戸市立須佐野中学校(同市兵庫区)のように「うちとは縁遠い話。皆無とは言わないが少ない」というご意見も。どうやら、学校や年代によって盛り上がりは違うようだ。
▼ブームは昭和40年代
そもそも詰め襟の第二ボタンはいつごろ、なぜ好きな人にあげるようになったのか?
ボタンの博物館(東京)の学芸員(53)は「始まりは恐らく昭和四十年代ごろ。というのも、今の五十代以上は、学生時代に第二ボタンをあげたり、もらったりしていないはず」。へー。確かに周囲の五十歳以上に尋ねても「知らない」と答える人が多い。
それでは、なぜ第二ボタンかというと「文献がないので定かではありません」と学芸員。全国の中・高一万校の制服を手がける尾崎商事(岡山市)マーケティング部の平尾周二部長(40)によると、諸説あるが、@心臓つまりハートに一番近い場所にあるA詰め襟の制服の五つのボタンにはそれぞれ意味があり第二は「一番大切な人」を指す―が有力とか。
なるほど。さらに「戦時中、詰め襟の軍服を着た若者が出征の際、形見として第二ボタンを大切な人にあげたという説も」と平尾さん。また、日本釦(ぼたん)協会(大阪市)の川上毅さん(74)いわく「岐阜かどこかの地方の風習と聞いたことがあるが…」。うーん、理由は謎に包まれたままだ。
▼名札を記念に
ブレザーの学校では廃れてしまった第二ボタンのやりとり。しかもブレザー人気は年々高まっており、兵庫県内でもここ二十年間で、少なくとも四十二校が詰め襟からブレザーに切り替えた。ということは、このままいけば卒業式の日の定番イベントは絶滅してしまう?
気をもむ探偵に、井吹台中学校三年の女子生徒が「ボタンはないけど、名札や校章、卒業式で胸ポケットに差すコサージュは交換するよ」と教えてくれた。だが、それをする相手は好きな人に限らず、友人や同性の後輩にあげることも多いのだとか。第二ボタンのような熱い「告白」の意味合いは薄いという。今の中学生って結構クールかも。
「青春時代の記念という感じかな。今の気持ちを形あるモノに込めたい。それを大事な人がずっと持っていてくれたらうれしい」と女子生徒。お姉さんも同感です!
だけど、もし探偵が第二ボタンをもらえていたとしても、今まで保管できたかは自信ないなあ。 |