1.認め印60円(掲載日:2002/04/08)
コンピューター化に既存店苦戦
 
 印鑑、印章、印判…そして親しくは“はんこ”。これがなければ、夜も日も明けず、時には人の生死をも左右する。日本社会のそんなはんこ事情が最近変わってきた。就職に結婚、引っ越しなど、何かとはんこが必要なこの時期、印鑑にまつわる話をお届けする。(粉川大義)

 「うーん、好きにしてくれ、といったところですか」。兵庫県印章業協同組合の新居芳朗副理事長(52)はうめいた。このところ神戸市内などで出回っている六十円認め印についての感想。

 組合加盟(百十三店)の多くの店では認め印を三百―五百円で売っている。ところが、県内約四百店の新規参入店や“百均”などで百円、さらには六十円で売る店も現れたのだ。背景にはデフレもあるが、業界の地殻変動が大きい。

 はんこは本来手彫りが基本。昔のはんこ屋さんは、三文判と呼ばれた認め印にしろ、客の注文に応じた実印、銀行印にしろ、すべて自分で彫った。つまり職人が営む個人商店だった。

 一九一四(大正三)年創業の新居文刻堂(神戸)の店主でもある新居さんは、祖父や父が繁忙期に夜を徹してこつこつとはんこを彫り続けていた姿を覚えている。跡を継いだ自分もそうしてきた。

 そんな伝統的なはんこ屋さんを揺るがしているのが、ここ数年来のコンピューター彫りだ。

 六千種とか一万種の名字をそろえた既成の認め印は、はんこの産地として名高い山梨県などのメーカーで大量に機械生産され、小売店に並ぶ。仕入れ値は四十―五十円だから、これを六十円で売るか、三百円で売るかは、冒頭の新居さんの言葉のように、店の方針でやればいい。頭が痛いのは既存店の経営に打撃を与える実印だ。

 手彫りの実印は、姓名を印面に手書きする字入れ、印刀で刻む粗彫り、最後の仕上げの三工程をすべて手でやる。値段はぐーんと高くなる。

 これに対し、電子彫りでは、コンピューターに入力した文字を彫刻機にかけて彫る。職人芸を要せず、アルバイトでもできる。手間がかからないから安く、速い。

 こうしたやり方の業者の多くは異業種からの新規参入で、フランチャイズ方式を取る。その一つグレエイト(東京)は五年間で「はんこ屋さん21」など全国に二百六十店を持つまでに急成長した。加盟店の注文に応じ本部が印影を製作、パソコン通信で瞬時に送る。

 安さと速さが武器の大規模店。対する伝統店側の反撃は今のところ、字体に向けられている。実印の字体は唯一無二でなければならないが、電子彫りでは同一字体の「佐藤」や「鈴木」「高橋」が生まれる可能性があるというのだ。

 しかし、コンピューター操作で字体に変化を持たせることは可能であり、「印影は三日間保存し破棄する。同じものはできない」(グレエイト)には説得力がある。既存のはんこ屋さんにはつらい時代がやって来た。

 
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