2.彫刻士
(掲載日:2002/04/09)
親子で字の海と格闘
はんこを彫る印章彫刻技能士(彫刻士)。国家試験によって認定され一、二級の資格がある。
印章業を営むには必ずしもこれらの資格を持つ必要がない。ただ、有資格者のはんこ屋さんは、印鑑についての技能と見識を備えた店といえるだろう。
伝統的な、このようなはんこ屋さんは今、減少しつつある。組合員の多くが有資格者の兵庫県印章業協同組合の場合、一九七七年設立時、百八十八店だったのが、現在、百十三店。全国的にも同様の傾向を見せている。
「後継者が育ちにくい。おしゃべりが不得手で黙々と彫る。地味な仕事に映るのでしょうか」と、あるはんこ屋さん。
そんな中で祖父から三代続き、高齢の父と気鋭の息子が彫刻士の意地を見せているのが神戸市中央区、橘(きつたか)精華堂の橘毅さん(74)、利信さん(38)父子だ。ともに一級技能士。
利信さんは無口どころか、こと印章に及ぶと、雄弁がますますさえる。毅さんはやや昔気質(かたぎ)で控えめなところがある。
戦後間もない毅さんの修業時。「三文判(認め印)用に使う柘(つげ)の印材を百個まとめて箱に入れてある。一箱を一日で彫る。量をこなすのが修業の一歩でした」
極度の集中力と根気のいるきつい仕事だったが、実印を一本彫れば一週間めしが食えるような良き時代でもあった。
印章の道に入って五十七年。優秀な職人技の保持者として認められる「神戸マイスター」「ひょうごの匠(たくみ)」の称号を持ち、彫刻士の全国競技大会では審査員を務める。
毅さんは「好きでも嫌いでもなく」父の後を継いだが、利信さんはグラフィックデザイナーを経て「好き」で印章の道に入った。実力では全国でも屈指の彫刻士であり、篆刻(てんこく)家でもある。
「でも、まだおやじを越えられない。(父の)年季かなあ。はんこに味わい、風格がある」。よく行く中国で印章や文字に関する古書を買いあさる勉強家がそう漏らす。
はんこには、篆書、隷書、古印体、楷(かい)書、行書、草書といった六種の基本書体がある。世界で最も多いといわれる日本人の名字は八万種を下るまい。
膨大な字の海。その中で二人とも「印章で最も大切なのは、字入れ、つまり、文字を書くこと」と口をそろえる。毅さんは今もって「一」の字が満足いくように書けないという。
彫刻士によるはんこ作りは、電子印に比べ、時間がかかり、高くつく。しかし、何十分の一ミリの精緻(せいち)さではコンピューターに勝り、個性がある。何よりも人間の汗と心が込められている。
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