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備えはあったか 高齢者・障害者への支援(中)
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2004/11/30
被災生活 聴覚障害 届かぬ情報/食料確保に施設も四苦八苦
台風23号の襲来から二日後の十月二十二日、洲本市物部に住む女性(68)は、親せきが届けてくれたおにぎりをほお張っていた。二日ぶりに口にした食べ物だった。 独り暮らしの聴覚障害者。逃げ出す余裕のないまま、自宅は一階天井近くまで浸水。怖くなり、二階に上がった。地域に避難指示が出ていることも知らなかった。 洲本市では、給水車や物資などの情報はケーブルテレビで流すが、住民の多くは広報車による放送に頼っているのが現実。だが、聴覚障害者はどんな放送が流れているか分からず、災害後の生活情報からも取り残されてしまう。 女性は手話を交えて「お弁当も、どこでもらえるのか分からなかった」と訴えた。「近所の人も大変なときに、筆談で話してもらうのは気が引けた」とも。 聴覚障害者は近所付き合いが希薄で、地域から孤立しがちだ。そんな現状も、情報から取り残される要因になっている。 淡路には十一市町でつくる「淡路聴覚障害者センター」があるが、行政も想像を超える被害に機能せず、聴覚障害者を支援する立場のセンターにすら、満足に情報が届かなかった。 ■ ■ 停電し、真っ暗な室内。そこに非常用サイレンが誤作動し、けたたましい音が響く。普段とは違う異様な雰囲気に、入所者は眠れぬ夜を過ごしていた。 同じ洲本市にある老人保健施設「せんけい苑」。床上浸水し、調理場を含む一階部分は一・五メートルまで冠水した。居室は二、三階で百人の入所者にけがなどはなかったが、電気系統など、ライフラインに影響が出た。 一夜明けた二十一日、まず、対応に追われたのは入所者の食事だった。七割が、ミキサー食や刻み食など加工が必要。普通食の弁当をそのまま配れない。給食事業を請け負う民間業者が一週間、近くの施設で調理して運んだ。 ボイラーも故障し、入浴できなくなった。風呂が使えるようになったのは二十九日。施設の機能は完全に止まった。 日常生活に支援が必要な人が暮らす施設が被災すれば、その混乱は想像以上に大きい。直接的な被害はなくても、影響を受ける場合もある。 ■ ■ 豊岡市香住にある特別養護老人ホーム「とよおかの里」。被害がひどかった市街地から離れた場所にあり、建物は幸い、難を逃れた。だが、周囲が冠水して“陸の孤島”と化した。食材を仕入れている市場も冠水し、満足に調達できなかった。 同ホームは二十三日から、自宅が浸水したり、家族が希望したりした高齢者を、緊急に受け入れた。通常のショートステイ利用者の定員二十人を六人オーバーする状態がほぼ五日続いた。 災害に備え、パンやレトルト食品を備蓄しているが、長期入所定員百人の二日分だけ。谷渕秀子栄養課課長は「有事の際、ショートステイ利用者は自宅に戻ることになっている。大きな災害は頭になかった」と説明する。もちろん、緊急ショートも想定していない。 ■ ■ 介護保険施設や病院などの大型施設が災害や食中毒で給食の提供が困難になった場合、県内の各健康福祉事務所が拠点となり、施設間で食糧を支援し合うシステムがある。とよおかの里をはじめ、豊岡市などの六十三施設が加盟する「北但馬給食施設協議会」は今回、機能しなかった。 南浩施設長は「広範囲な災害だったため、管内の他施設も非常食でつないでいる状態で、互いに支援し合うのは難しかった」と話す。とよおかの里でも、南施設長が人脈を駆使し、管外の養父市八鹿町の施設で調達。在庫の冷凍食や納品業者がかき集めた食材と合わせ、三日間やりくりした。 災害時、福祉施設は高齢者ら災害弱者の二次的な避難所の役割を担う。「行政も含め、日ごろから、長期の入所者だけでなく、あらゆるパターンの想定が必要だ」。南施設長は力を込めた。
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