終戦直後から65年間にわたって神戸市兵庫区のはんこ屋「湊川第一印房」で腕をふるってきた脇江禮治(れいじ)さんが昨年10月、78歳で亡くなった。町の区画整理により、作業場がわずか半坪(約1・6平方メートル)になっても営業を続け、付いた愛称は「日本一狭いはんこ屋さん」。あるじが去ってひっそりとした店内に、今も職人の面影が残る。(小川 晶)
1月上旬の3連休。長男の仁志さん(56)が「はん」の逆文字が書かれたシャッターを押し上げた。訪れたのは、遺品整理のため。店内は、コンパス、すずり、メガネなどが雑然と置かれている。体を丸めながら、座布団1枚分のスペースに腰を下ろした。奥行き1・8メートル、間口はその半分の90センチ。手を伸ばすのも、体をよじるのも一苦労だ。
仁志さんが印刀を手にした。輝きの残る刃先。高校時代、見習いで店を手伝ったときの記憶がよぎる。「最初はこれからや」と言われ、印刀を研いだ。だが、いくらやってもちっとも切れない。
脇江さんが手本を見せる。砥石(といし)に水を一振りし、ほんの数秒、刃先を滑らせただけで切れ味がよみがえった。逆文字を書き込む「字入れ」では、どんなに画数が多くても迷いなく下書きの筆を動かしていく。「人間業(わざ)じゃない」と思った。
1946年、脇江さんが15歳で先々代に弟子入りしたときは2倍以上の広さだった。58年に先代から独立。2000年、区画整理を経て残った半坪で店を建て直した。70歳近くになっての再出発だったが、「辞めたら何もできへん。お客さんとのつながりもあるし、ここで続ける」。卸業者だった西上道弘さん(75)に脇江さんはそう話したという。
「体が動く限り続けたい」と、三木市内の自宅から通い続けたが昨年5月、脳梗塞で倒れた。「職人なんやけど、気さくでまじめな人でしたね」。西隣で喫茶店「シルバー」を経営する女性(44)が振り返る。
毎朝、午前10時に来店し、モーニングを食べるのが日課だった。「“箱”を開けるわ」と店へ行き、午後3時にはミルク入りの紅茶で一服。趣味の家庭菜園やタイガースの話で盛り上がった。
倒れる数日前、脇江さんが「吐いたからバケツと水を貸してほしい」と店に来た。「帰って病院に行き」と勧めたが、「お客さんがはんこを取りに来るんや」と首を振ったという。
脇江さんは10月28日に亡くなった。きょうで3カ月。「箱」はまだ、幹線道路沿いにたたずんでいる。仁志さんは「おやじの思い出の場所。取り壊しづらくて」と話す。
(2012/01/28 15:30)
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