社会社会shakai

  • 印刷
県民歌の冊子のコピーを手に、父との思い出を語る野口富也さん=尼崎市東塚口町1
拡大
県民歌の冊子のコピーを手に、父との思い出を語る野口富也さん=尼崎市東塚口町1
県政資料館に保管されている兵庫県民歌の楽譜が載った冊子。表紙には花の絵が描かれ、洋画家小磯良平のサインが記されている
拡大
県政資料館に保管されている兵庫県民歌の楽譜が載った冊子。表紙には花の絵が描かれ、洋画家小磯良平のサインが記されている

 兵庫県に「県民歌」が存在したのをご存じだろうか。戦後間もない1947(昭和22)年に作られたとの記録が残るが、いつしか歌われなくなった。県によると「廃止」を記した公文書はなく、「詳しい経緯も分からない」という。今年は戦後70年。作詞者の遺族は「家族には身近な歌だった。なぜ消えたのか知りたい」と語る。(金 旻革)

 47年2月19日付の神戸新聞には「兵庫縣民歌決る」の見出しが躍る。前年11月の日本国憲法公布を踏まえ、県が記念事業として歌詞を公募。当時の岸田幸雄知事や詩人の富田砕花らでつくる審査委員会が歌詞を決めた-と伝えている。

 選ばれた歌詞は、有馬郡生瀬国民学校(現西宮市立生瀬小学校)教員の故野口猛さんが作詞。1番には「わき立つよろこび 日本のあけぼの 長夜の眠は さめたり今こそ 大道開かる 布く新憲法 ゆくては明かるし 民主の樂園 いざわれら 共に起たむ 建設の力ぞわれら わが兵庫」と平和国家建設への熱い思いが満ちる。

 同年5月9日付の記事では、県民歌を発表する音楽会が開かれ、富田が歌詞を解説し、参加者全員で合唱したなどとある。だが時は流れ、いつしか歌われなくなり、人々の記憶からも薄れていった。

 2006年開催「のじぎく兵庫国体」で歌われたのは「ふるさと兵庫」(1980年に県に寄贈)。07年の県議会では、議員から正式な県民歌への制定を求める質問も出たが、井戸敏三知事は「兵庫にちなんだ歌は数多くある。直ちに県歌を定めることは慎重に取り扱わねばならない」と消極的な見解を表明。岸田知事時代の県民歌には触れなかった。

 県公館(神戸市中央区)内の県政資料館には「縣民歌」と題し、楽譜を掲載した冊子が保管されている。県広報課は「新聞記事などから県民歌は存在したとみられるが、関連する公文書があるか分からない」。県の公文書保存期限は最長30年で「担当部署の判断で廃棄された可能性もある」という。

 野口さんは72年、急性骨髄性白血病により66歳で亡くなった。「幼いころ、父がおぶりながら歌ってくれた。県民歌は子守歌だった」。次男富也さん(67)=伊丹市寺本5=は述懐する。

 野口さんは生前、県民歌の話題になると、うれしそうだったという。富也さんは「父の誇りだった。今の時代にはそぐわないのかもしれないが、歌われなくなった経緯だけでも知りたい」と願う。

 〈都道府県民歌〉都道府県が制定・告示した歌。都道府県民の歌とも呼ばれる。歌詞は主に郷土の特徴を歌い、国体など都道府県主催の行事で歌われる。兵庫以外では、43都道府県がホームページなどで制定・告示を明記。大阪、広島、大分の3府県は制定・告示していない。

社会の最新

天気(12月11日)

  • 10℃
  • ---℃
  • 20%

  • 7℃
  • ---℃
  • 80%

  • 10℃
  • ---℃
  • 20%

  • 8℃
  • ---℃
  • 40%

お知らせ