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プロデューサーの阿武野勝彦さん(左)と監督の土方宏史さん=大阪市内
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プロデューサーの阿武野勝彦さん(左)と監督の土方宏史さん=大阪市内
映画「ヤクザと憲法」の一場面((C)東海テレビ放送)
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映画「ヤクザと憲法」の一場面((C)東海テレビ放送)
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映画「ヤクザと憲法」の一場面((C)東海テレビ放送)
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映画「ヤクザと憲法」の一場面((C)東海テレビ放送)
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映画「ヤクザと憲法」の一場面((C)東海テレビ放送)

 全国で話題を呼び、関西でも上映が始まる映画「ヤクザと憲法」。プロデューサーの阿武野勝彦さん(57)と監督の土方宏史さん(40)に映画に込めた思いや製作時のエピソードなどを聞いた。インタビューの概要は次の通り。(聞き手・小林伸哉)

 -そもそも、なぜ暴力団の取材をしようと思い立ったんですか。

 土方 愛知県警の取材を担当していたんですが、直接(暴力団員に)接触する機会はなかなかない。警察官を通して知るしかなくて。捜査員を夜回りして本音で話していて(暴力団排除条例などの影響による)ヤクザの窮状を知った。金銭的にも、立場的にも暴排条例で追い詰められていると。

 自分自身、もともと東海テレビの制作部でバラエティーの仕事が長く、記者経験がそれほどなくて、ヤクザのイメージはあまりなかった。ヤクザといえば、昔の「羽振りが良くって強い」イメージだったが、今、社会的に底辺というか「弱いところに落ちているっぽいぞ」と分かった。警察を介してでなく、その姿を直接取材したいと思ったのがきっかけです。それで阿武野に話をした。

 -話を受けてどう思いましたか。やっかいな話と思われましたか。

 阿武野 山口組が分裂して、日常的にヤクザがテレビニュースや新聞紙面の中に出てくる。しかし、取材を始めようとした2014年当時、ほとんど報道での扱いは皆無でした。テレビの世界からはいかに暴力団を排除するかということが行われていたので。その10年ほどの間に僕の気持ちの中で、暴力団は「遠い存在」「関わりを持ってはいけない存在」になっていた。今や「タブー化した存在」だったのを、土方が「やりたい、知りたい」と言い出した。ちょっとやっかいなことになったなあと。私も定年まであと3、4年。せっかくここまで…。静かに消えていこうと思ったのに。「ヤクザでこけた人」といわれるのは目も当てられないなあと。困ったなあと思った。

 片方で、ドキュメンタリーをずっとプロデュースしてきて、自分もディレクターをやってきた。「取材対象にしてはいけないものはない」とやってきた。「誰でも何にでも、興味を持ったものに取材していいんだ」とみんなに言ってきたつもり。対象がヤクザだからといって(土方さんに取材が)ダメなんていえなかった。ちょっとごまかして「調べてみたら」と伝えた。

 土方はそれがゴーサインに聞こえたのか、ものすごい勢いで調べ始めて、机に今まで見たことがないような(暴力団関連の)本が積み上がって。あー、巻き込まれていくって思いましたよ。

 それで「殺されるからやめろ」「嫌がらせを受けるだけで、ちっともいいことないよ」って言ってくれるであろう愛知県警のOBを紹介した。その人はきっと「(取材を)やめなさい」と言ってくれるはずと。

 そうすると、そのOBは「見たい」と言っちゃった。「警察官がヤクザ知らずだよ。実態を知らないよ。取り締まる対象を知らない」と憂いを持った発言まで飛び出した。それが「見たい」という発言につながった。

 OBは言ってました。「ドブの中に手を突っ込んだら、泥がある。泥をつかんで丸めて団子にするよね。そのとき指から漏れちゃうようなものは徹底的に取り締まる。これは犯罪。それでも手のひらに残る泥は残すのよ。それが社会の懐の深さじゃないの」ってことを言った。「あーそうか」と。

 我々が取材して(番組、映画化して)きた例としては、戸塚ヨットスクールの戸塚校長だったら、彼はこぼれた人をどうにかしようとする「教育者」。安田好弘弁護士も死刑事件の弁護を担当して「鬼畜」と言われてみたり、バッシングされる対象だった。それでも「弁護士」と言えた。しかし、暴力団を「それでも○○」とはなかなか言えない。

 土方は「それでも人間ですよ」と言う。そこのところが、県警OBと「それでも人間」ということで、ある種一致して。ヤクザだからそのまま死ぬのを放置してもいいのか、どんな取り締まり方でも絶滅させてもいいのか、というところに依拠していいのではないかと。ましてや家族まで。目を伏せていいのか、それでもいいのかな、と思い始めて「しょうがないなあ、やろうか。ただ、取材対象が見つかれば」と。本当はやりたくなかったんですよ。リスクだよね。今みんな世の中、リスクがあるものをやりたがらないですよね。我々もそういうものは通底してるので。なるべくなら問題が起こらないようにという傾向がある中で、(東海テレビは)その部分を一生懸命トライしてきた。そのうちの「最大級のハリケーン」を、土方が持ち込んだのかなと。

 -阿武野さんは、暴力団の世界を「社会の秘境」とも評していた。土方さんは、暴力団の世界を見たことがないから「見てみたい」という好奇心は強かったですか。

 土方 ありました。ただ、テレビ局で仕事をしているので、「自分が見てみたい」イコール「見せたい」ということですからね。カメラを持たずに、自分が見たから満足にはならなくって。「見てもらいたい」が最初ですかね。その後で「考えてもらいたい」という思いが付いてきた。

 -映画では組事務所で暴力的な物音がするシーンもあった。取材で恐怖を感じる瞬間は。

 土方 直接はなかったです。危険を感じるような。基本的に、(取材した暴力団清勇会会長の)川口さんの後ろについて、アポなしで行くものですから、周りの方から「何やねん」と言われることはありましたが。歓迎は決してされてませんでしたが、恐怖を感じることはなかったです。

 阿武野 組事務所なんて入るだけで恐怖を感じるでしょう。

 土方 何ででしょうね。心からリラックスしてくつろげる場所ではないです。どこで何があってもおかしくないんで。彼らのことを知らないので。拳銃だってあるかも分からないし。いつ警察が来るかも分からない。

 -これまで暴力団を描いた映像作品は勇ましいイメージでした。一方、今回の作品に、かつて不登校で家にひきこもっていたという21歳の組員が登場する。彼に注目した理由は。

 土方 テレビ版ではほとんど彼のシーンは入れてなかった。取材していて理屈抜きに彼から目が離せなくなった。すごく気になる存在。観客も気になるはず。気になった取材対象は出したいと。

 他の年配の組員は今までの古いスタイルのヤクザ。でも、これからは彼のようなタイプのドロップアウトをした若者が増えていくんだろうと思う。これから増えていくかもしれないタイプ。社会として誰が受け入れていくのか。ヤクザの事務所しか来る場所がないなんて状況が起きてしまう。「世の中に居る場所がない」。そんな世の中って何だろうと思って。

 阿武野 やんちゃで粗暴だとかバネがあって、そのバネがあまりに強くて社会からこぼれ落ちてしまう。そこから這い上がろうとするときに暴力団に入るのは、きっとこれまで根本的な図式だったと思う。でも、そうでない現実がある。

 土方 (山口組の顧問弁護士だった)山之内幸夫さんは「(ヤクザがさまざまな境遇から)這い上がろうとする姿にひかれた」と(映画の中で)話していた。山之内さんが知っているヤクザのように暴走族出身だとか、やんちゃな子は少なくなってきてて、21歳の彼のように社会からはじき出されていく子が増えているように思う。

 -映画製作中、21歳の組員と自分自身を重ねる部分があったんですか。

 土方 僕は正直、あります。個人的な話ですが、何というか、うまく生きる力がないというか。実感として、はじかれてる感じがする。今は恵まれているけど。

 阿武野 おそらく土方はいい人と出会ってきたんですよ。(映画の中で)ある組員が「(困ったときに)誰が助けてくれます」と言う。映画を見た人の中には「助けてくれへんかったの」という人と「そうやな」という人が2種類いると思う。僕も同じだけど、「あのときあの人に出会ってなければ、もしかしてあっちに行ってたかもしれない」ということはある。「出会った人間が良ければ」というのはある。人の暮らしというか、人生というのは、紙一重で変わりうるものなんじゃないのって思っているんで。

 -社会に余裕がなくなっているんでしょうか。映画を見て感じてほしいことは。取材して自分自身で変わったことはありますか。

 土方 (ヤクザも)やっぱり同じ人間だったなあ、と。当たり前のことなんですけども。暴排条例で想像以上に追い詰められているとも感じました。取材に入ってみると、同じ人間だなあと。

 阿武野 今日いろんな記者のみなさんにインタビューされて初めて気がついた。我々は、世の中からバッシングされている対象をずっと見てきた(し、映像化してきた)んですよね。(戸塚ヨットスクールの)戸塚さんも、(数々の死刑求刑事件の弁護士として知られる)安田好弘さんもそうだった。熱狂してバッシングする今の世の中に、いつもおそれを感じていて。私たちっていつからこんな不寛容な、とんがった感情を投げつけて、たたける対象ができたときに、もう完膚無きまでにやっつける。そういう人々になってしまったのって。ヤクザの存在そのものを是認したり、肯定するつもりはない。どうやって社会に収容していくのか。そのやり方はこのままでいいのかって気がします。今だと(不倫疑惑が報じられているタレントの)ベッキーでしょうね。ベッキーを擁護すると、その人がバッシングされるという、それで擁護発言を撤回するとか、気持ちの悪いことが起こっている。この熱狂しやすいタイプの私たちに、少しクールダウンするような物の見方を常に提示するようなことができたら、もうちょっと住みやすい世の中になるのかしら、と思ったんですけど。いろんな会社の中だってそうだよね。そういえば(東海テレビで)ドキュメンタリーのディレクターって、会社の中でいらん子扱いされた人間ですよね。それが次々とホームランを飛ばして。

 土方 僕はいろんな部署でフルスイングしてきたから、空振りして、いらん子になってた。当てにいくバッティングがほめられるのが組織だけど、ぶんぶん振るのが大好きな人たちがドキュメンタリーを作る。それを探してきて振ると、想像もしないものができるというか。幸運が重なって。今回も山之内幸夫さんだって、そもそも取材するまで元顧問だと思っていたけど、現役で顧問だし。21歳の子がまさか組にいるなんて思ってなかったし。図ったわけじゃなくて。

 -東海テレビではドキュメンタリーの現場に「想像していたことは起こらない」として臨むそうですが。

 土方 「先を読んじゃだめだ。描いた筋書きは絶対起こらない」というジンクスみたいなもの。余計なことは考えない。かたまってしまうので。何が起こるか分からないと。特に今回の取材なんて。いきなり川口さんが来る日もあれば(組事務所に住み込んでいる)部屋住みの子が怒られることもあるし。葬式の日さえ教えてもらえない。狩りに行くような取材ではできない。何が起こるか分からないけど、まじめにこつこつ毎日通って、真剣に取材対象に向き合う。(暴排条例などの関係で)もちろん友だちにはならないし、なれないけど、取材される、するという信頼関係はあった。

 -組員からたこ焼きを差し入れされても受け取れなかったとか。

 土方 なかなか信頼関係が築けない。飲食を断ったら組員から「それは差別」とも言われた。言われればそうかなと。

 阿武野 われわれと彼らの間には、そういう深い河がほられているなと。

 -なぜ清勇会の川口和秀会長は取材を受けたと思いますか。

 土方 取材していて何度も気になったから聞きました。川口さんは「メリットはない」と。受けた理由としては東海テレビの作品「死刑弁護人」(安田好弘弁護士を描いた作品)を川口さんが見てくれていて「あなた方は世の中に訴えるもん作るやろ。だったらいい物作れる」と。その信頼感があった。「本当のことを写してくれや」と言われたんで。

 作品にも出てきますが、川口さんは「(暴力団排除の流れがさまざまな領域に及び、組員の家族らの生活に支障が出ている点に触れて)ヤクザの子どもまでは関係ないやろ」と話した。訴えたい思いはあったのかもしれない。何度も話をしてましたし。「伝えたいんや」とずっと話していた。

 阿武野 あの人のおとこ気じゃないでしょうか。「自分が言わずに誰が言うんや」という。

 -山口組が分裂し、暴力団への関心が高まっているタイミングでの映画公開となった。

 土方 これは偶然なんで。僕らもこの映画をやったから、社内でも山口組分裂の情勢を聞かれることも多いけど、そのあたりはつかめてません。

 -「ヤクザ」という言葉は、メディアとして使いにくいと感じませんでしたか。

 阿武野 「ヤクザ」というのは現実に生きている言葉ですから。ドキュメンタリーでダメというのはおかしい。

 土方 ヤクザという言葉さえ、自主規制するような雰囲気はあると思う。

 -目の前で覚せい剤取引や野球賭博を思わせるような場面などもある。自分なら取材者としてあたふたしてしまうが。

 土方 僕もものすごいどきどきしてますよ。本当にびびっちゃって、うまく質問できてないこともあった。本当はもっとストレートに聞くべきだったこともあったかな。

 阿武野 怖いんだからしょうがないよ。恐怖感がそのまま映画の中に出てるから、どきどき感があるんじゃないの。突然、はきはきインタビューできたらおかしいでしょ。

 -折り畳んだテントが組事務所内にあるのを見たとき、組員に「それマシンガンじゃないですよね」とか、疑問を率直にぶつけて取材しているのが印象的です。

 土方 本当にどうなっているのか分からないわけです。早いうちに、あほだと思われてもいいんで、何でも疑問に思ったことは聞いてみようと。片っ端から、これ何ですか、あれ何ですかと。そうした結果、笑いにつながる場面になったかもしれないけど、当時は観客を笑わせようなんて余裕はまったくなかったです。

 -タイトルの「ヤクザと憲法」にあるように「ヤクザと憲法14条の平等権」に着目したのは。

 「ヤクザと憲法」というタイトルは、テレビ放送の10日ぐらい前に突然に降りてきた。神様が(アイデアを)降ろしてくれた。東海テレビの報道局の中では、編集に入った段階でも「放送すべきでない」という声もあった。「せっかくこれまでこつこつドキュメンタリーを作ってきたのに、ヤクザに手を出してはもったいない」という意見もあって。要注意番組だった。報道局の上層部と論議すると、「冗談じゃないよ」とも言われるやりとりもあった。「正しい物の見方」をする報道マンと、「いろんな物の見方」をする報道マンがぶつかった。突っ切るものは何かないかと考えることになった。彼らはわざと「壁」になってくれた。そのおかげでタイトル「ヤクザと憲法」が降りてきた。すごく激しい議論だった。表現として出すためにどうすればいいのかと。

 東海テレビは光市母子殺害事件(を扱った番組)のとき、社長とやりあって突っ切っ(て放映し)た。(番組のテロップに「セシウムさん」と表示して問題となった)セシウムさん事件のときも経営側と、「経営至上主義が招いた事件じゃないの」というやりとりがあって、報道や表現の原点を守るために、経営側と闘ってきた。その闘いを経ているので、経営側が編集に介入してこない。二つの事件のおかげで、報道の原点を守る、そこさえきっちりしていればいい。それがむしろテレビ局の信頼につながると。世論が二分される問題にもきちんとコミットするんだ、となった。

 -メディアや報道のあり方も問う映画と受け止めています。

 土方 同業者へのメッセージは、どこまで伝わるか分からないけど、社内でも実は、もっと前に、同僚がドキュメンタリーの題材を探しているときに「ヤクザはどう」と言うと、「そんなのできるわけない」という会話になったことがある。でも社会的な意義があればやれる。自主規制をしてメディアも見ない部分があるというか。見えないものを世の中に出すのが仕事。そこを放棄していないかと思う。

 阿武野 メディアはラベリングとバッシングにどうしても加担しがちなので。そこと違う文脈というか、少しクールダウンしてもらうような、多様な見方があるんだと提示することはすごく大事。いつも思っていること。どういう番組を作るときも考えないと。「向こう側から見ると、こう見える」と考えることが大事。

 -山口組分裂では関西に関連組事務所も多く、暴力団への関心も高まっている。映画を見た後に考えを深めてほしいことは。

 土方 山口組分裂でいえば国取り物語のように「どっちが強い」みたいなとらえ方もあるけど、そこに興味はない。そうじゃなくて「その奥に人がいる」。映画を見たことで「ヤクザも私たちと同じ人間でいろんなタイプの人がいる。子どももいて、親もいる」と感じてもらえたら。シンパシーを感じて同情してとかじゃなくて、記号のような扱いでレッテルを張らないことが大事かなと思う。

 -映画では社会に居場所がない暴力団員を描いた。これから社会は彼らをどう受け止めたらいいのでしょうか。

 土方 居場所がない人はこれからも絶対に出てくる。ヤクザが無くなろうが、そういう人はいなくなるわけじゃない。受け皿はどこなんだろう。僕らにも答えが分からない。ヤクザがどうなっていくのか、無くなるのか、無くならないのか。分からない。(居場所がない人の問題がある中で)「ヤクザが無くなればよし」という考えが権力側にも市民にもメディアにもあるかもしれないが、そんな簡単なもんじゃないとは思う。考えるきっかけになれば。

 -先行して上映した東京や名古屋などでの反応は。

 阿武野 ちょっと予想を超えていて。東京でも名古屋でもずっと満席が続いている。

 土方 今回はいろんな反応があって面白い。「もっと突っ込んでほしかった」「(ヤクザを)辞めた後の話をフォローしてほしかった」「川口会長をもっとフューチャーしてほしかった」とか。「(映画に)拒絶反応があった」「考えるきっかけになった」とか。賛否もさまざまですし。本当にばらばらで面白い。

 阿武野 芸能界の人がずいぶん見に来たり、カップルで見に来る人もいるとか。どうして見るのか、みなさんが何を期待して見に来ているのか、分からないというか。今まで我々の映画で入場お断りになるほど満席になることはなかなかなかったので…。これまでゆったり見られるドキュメンタリーを作ってきたんですけどね。今回は、みんな終わった後に語りたがる映画みたいです。いろんなことを言う。福岡では精神障害があるという方が手紙をくださった。手紙の中で「やっぱり人間扱いしなきゃいけないんだな。気が楽になりました」と。ここまでヤクザの実像を描いた作品がなかったので、弁護士たちも関心を持っているようです。

 -兵庫県警の捜査員も映画に関心を持っています。

 土方 警察の人にも、ヤクザの人にもぜひ見てほしいですね。

 -土方さんはドキュメンタリーで「みんなが幸せになれば」と思いを込めているそうですが。

 土方 幸せになるのがすぐにじゃなくても。直後はやらなきゃよかったと思うこともありますが。3年後、5年後でもいい。取材対象者も、僕らも、見た人も「よかったな」という作品にしたい。ドキュメンタリーとは何か、まだ自分にも分からない。ただ、作るうち生きるのは楽になった。「いろんな人がいるから世の中はいいんだ」と。作品が自分の人生とリンクしてくる。教えられることだらけ。

 阿武野 今回、福岡の方からいただいた手紙には「心が楽になった」という言葉もありました。

 土方 ほんとにうれしかったですね。

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