田口壮、42歳。プロ野球オリックス黄金期の主力で、米大リーグでもワールドシリーズ制覇を2度経験するなど、輝かしい球歴を持つベテランも、昨季限りでオリックスを戦力外となった。年齢的に引退の可能性もあったが、すぐに現役続行を決断。現在は新たなオファーを待つ傍ら、手術した右肩のリハビリに励む。「野球がしたい。それだけ」。不惑を超え、なおモチベーションを失わぬ、不屈の男の胸中を聞いた。(伊丹昭史)
‐昨季はわずか62試合の出場。キャンプで右肩を痛めたことが響いた。
「練習試合の前にキャッチボールで軽く投げたら、ぶちっと音がして、痛くて投げられなくなった。痛み止めを打つなど、いろんなことをしたけど駄目。右肩の関節唇が半分ぐらいはがれて、腱板(けんばん)もはがれかけていた。“勤続疲労”みたいなものだと思う」
‐手術が必要だった。
「治すには手術の方がいいと言われた。現役か引退か、どっちにしても長い将来、投げられないのは悲しい。それは嫌だった。『戦力外』を通告される前、昨年9月の終わりごろに手術を決めた」
‐決断後の戦力外通告。どう受け止めた。
「2日間はこたえてました。『もうあかんわ』って完璧に引退に傾いていた。微妙な年齢ですよ。でも3日目になって、急に闘志がわいてきた。何がきっかけか、いまだにさっぱりわからない。でも『来年また野球をやる』って、すごいエネルギーだった。もう年齢は気にならなかった」
「首って言われるのは4回目。慣れはしないけど、『また戦力外か、次どうしようか』と切り替えられるようになった。一番こたえた首は(2008年の)フィリーズのとき。(ワールドシリーズの)優勝パレードが終わった直後に、監督室に呼ばれて言われた。『こんな日に悪いけどリリース(放出)するから』って。米国では2Aに落ちたこともある。そういった経験がなかったら、昨季で引退していたでしょうね。タフになれた」
‐ただ、浪人生活はプロ入り後初めて。
「不安はある。『拾ってくれるチームはあるんやろか』とか『どこまで治るんやろか』とか。頭の中では常に引退というのはつきまとっている。でも今は、どうもがいても何もできない。耐えて、次のチャンスまでに自分(の体)を完璧に仕上げるしかない。それにこれもまたいい経験。将来生かせるようにと(前向きに)も考えている」
‐燃え尽きるまでやりたいタイプ?。
「とことんまで野球をやりたいと思っているわけじゃない。なんなんでしょう。野球が好きなんでしょうね。将来のことは何も考えてない。ただ今、野球がしたい。いずれ引退する時期は来るとは思っているけど、今はまだ体は動くし、どこまで自分の体が動くのかっていう興味もある」
‐現役の魅力とは。
「やっぱり緊張感でしょうね。バッターボックス入るときのワクワク感だとか、守ってるときのドキドキ感。引退すると二度とできない。『もう一回、もう一回あそこで』という思いはある」
‐復帰プランは。
「肩は日常生活は大丈夫だけど、しなりや柔らかさが戻っていない。3月ぐらいに投げ始めて、5月終わりぐらいまでに全力で投げられたら。(新天地希望は)慣れ親しんだ米国か日本か。(オファーを待つ期限は)十分体が動くようになってから決めていくと思う」
【田口 壮(たぐち・そう)】1969年生まれ。西宮北高から関学大に進み、92年にドラフト1位でオリックスに入団した。走攻守そろった外野手として95年のリーグ優勝、96年の日本一に貢献。2002年に米大リーグのカージナルスに移籍し、06年にはワールドシリーズを制した。08年に移ったフィリーズで再びワールドシリーズ制覇を経験。09年にカブスでプレー後、10年に古巣オリックスに復帰するも昨季限りで戦力外となった。177センチ、77キロ。右投げ右打ち。西宮市出身。
(2012/02/23 12:26)
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