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| 取り戻せ強いきずな/「BWが唯一の希望だった」 | |||
球団と地域が単に応援する、されるという関係を超えて強く結びつく。そんな貴重な体験をオリックスと神戸は共有している。 一九九五年、阪神・淡路大震災。オリックスは快進撃を続けた。ユニホームの右そでに「がんばろうKOBE」の文字が揺れた。テレビカメラが、打席に入ったイチロー選手の表情を追う時、その文字が映し出された。 チームは勝利に飢えていた。震災に沈む地元のまちを励ますために。選手も監督も、誰もが繰り返し「神戸とともに」と語った。 神戸市長田区で畳店を営む森下拓蔵さん(64)。震災で自宅兼店舗が全壊、すべてを失った。もう一度、やれるのか。立ち上がれるのか。思い巡る目に、青いユニホームが留まった。 「懸命に打ち、投げる選手に『がんばろう』と言われ、『わしもやらなあかん』と奮い立った」。生活再建の最中、妻房江さん(60)らと球場通いを始めた。 この年、オリックスはリーグ初優勝を飾った。翌九六年には、巨人を破り日本一に輝く。 十一月十七日、優勝パレードの日。まだ、更地が多く残る神戸のまちに紙吹雪が舞った。集まったファンは十八万人。選手に寄せた言葉は一つ、「ありがとう」。ほかの言葉は要らなかった。 拓蔵さんが言った。「あの時、オリックスは唯一の希望だった」 オリックスと同様、神戸に本拠を置くサッカーJ1リーグのヴィッセル神戸。今季から、インターネットビジネスで知られる三木谷浩史氏(39)が率いる「クリムゾンフットボールクラブ」に営業権が移った。 本業で培ったきめ細かい顧客管理、情報提供を駆使して集客力アップを目指す三木谷氏。その目に、故郷でもある神戸は「盛り上がりの難しい土地」と映る。 オリックス主催試合の観客動員数。九六年の約百八十万人をピークに、二〇〇一年には約百七万人に減少した。震災から十年を前に、球団は近鉄との合併を選択。選手やファンの強い反発を招いた。 「がんばろうKOBE」。球団と地域が求め合った季節は、再び巡ってくるか。=おわり= (大原篤也、田中陽一、金川篤、桑野博彰、高見雄樹) |
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