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2006/09/23
放鳥と幼鳥の7羽/施設の餌に依存深める
午後三時前の県立コウノトリの郷公園。天井のない飼育施設のたらいに餌の魚が入れられると、放鳥コウノトリたちが、わが物顔で横取りし始めた。同公園の大迫義人主任研究員はため息交じりに話した。「放鳥した鳥と野生では決定的に違うのか。もっと田んぼに降りると思ったが…」 自然放鳥された五羽は放鳥直後、ほとんど敷地内にとどまった。しかし、繁殖期の冬から春には一時、活発に行動。一月には、雄一羽が、四日間で約三百五十キロを飛ぶなど遠出が相次いだが、五月以降はまた、公園に居着くようになった。 公園前の囲いで誕生した幼鳥二羽は、人間に飼育されないまま、巣立った。より自立しやすくすることが狙いだったが、今は自然放鳥の五羽と行動をともにしている。 野生復帰計画を立てる際に手本としたのが、四年前から市内にすむ野生の雄「ハチゴロウ」。田や河川など、季節ごとに場所を変えて餌をとっていたが、放鳥コウノトリの手本にはならなかった。 繁殖面でも影響はあった。自然放鳥の二羽は、人工巣塔で産卵したが、ふ化前に卵二個が巣の外に出てしまった。なぜ出たのか、は分かっていないが、大迫研究員は「交代で抱卵する時期に、ともに一時間以上巣を離れ、餌を求めて公園へ戻っていたようだ」と、子育てに慣れていない点を指摘した。 コウノトリ保護・増殖(野生化)対策会議の委員を務める羽山伸一・日本獣医生命科学大助教授は「一年目は、野生の能力に期待した形だが、無理があることが分かった。今後は人間側が手伝ったり、ときに突き放したりと、より模索する必要がある」としている。
公園からの閉め出し策−見解の相違浮き彫り <公園>強制的自立を推進/<豊岡市>公園「定住」を容認
七羽が餌を横取りしていた飼育施設は三カ所。施設を空にするなど二カ所から閉め出したが、鳥たちは残る一カ所に集中した。同公園がさらにそこでも試みようとしたが、豊岡市が「幼鳥が餌をねだる鳴き声が聞こえ、かわいそう」と周辺住民から声が寄せられている、として反対。最後の閉め出しは中止された。 試験放鳥の一年目。研究機関としてさまざまな自立策を模索する立場にある同公園の池田啓研究部長は「公園で餌をやり、たまに外を飛ぶことが野生復帰ではない。野外で生きるために餌を求め、結果として豊岡から他地域に移動したり、死んだりすることなども想定し、計画を進めているのだが…」ともらした。
一方、コウノトリを通して環境再生と経済活動の両立を目指す豊岡市。施策を進めるためには、シンボルが市内からいなくなっては熱が冷める。中貝宗治市長は「鳥かごの中にいたときよりはずっといい」と現状を容認する考えを話す。 それぞれの立場から、重視するのは学術的、社会的な側面。さらに住民の複雑な思いがからむ。 九月の市会定例会。同市が打ち出す各種団体などへの補助金削減方針に反発が相次ぐ中、「コウノトリは『聖域』なのか」の発言も聞かれた。実際にコウノトリを見る機会は少ないこともあって野生復帰事業の意義や効果が実感できず、「なぜコウノトリにばかりに金をかけるのか」との疑問を口にする住民は少なくない。その状況を踏まえた発言だった。半面、野生で生きていくコウノトリを応援したり、「餌場が足りない」と心配する市民もいる。 そもそも、目指す「野生復帰」の中で、人間がどこまで関与するのか。それらは野生復帰推進計画などに記されておらず、自立策をめぐる考え方の差異にも影響した。 「公」から「地域」の鳥へ脱皮を −県立コウノトリの郷公園研究員 菊地直樹さんに聞く
専門の環境社会学からみると、野生復帰は、コウノトリとともに暮らせる地域再生の試みである。一九七一年の絶滅で、一度絶えた人とコウノトリのかかわり。昨年野に放たれ、関係が新たに構築されて一年がたった。 放鳥後、人とコウノトリの距離は、一年前よりは近くなった。住民が、空を飛ぶ姿を見たり、田んぼの中の人工巣塔で繁殖行動をとるペアを目にできたからだ。それでも、大半の人は放鳥式典などイベント的なかかわりにとどまる遠い対象。「地域の鳥」ではなく、「公の鳥」のままである。 かつて、日本にいるコウノトリは、おもに田んぼにあふれる生物を餌とする「里の鳥」だった。田植え直後の水田では追い払われる「害鳥」、観光地でもあった茶店から愛でるのはめでたい「瑞鳥」、普段はその辺にいる「ただの鳥」。住民にとって害や矛盾を含む多元的な、そして何より人に近い存在だった。 ところが豊岡では、数が減って「貴重な鳥」となり、絶滅に向かうにつれて、「コウノトリは行政がやること」となってしまった。「税金を使い過ぎではないか」という声も根強い。だから放鳥されても、豊岡の人は「行政」というフィルターを通して見るので、受け止め方がクールだ。一方、秋篠宮妃紀子さまの話題もあって、公園を訪れる観光客は熱狂的だ。 放鳥コウノトリが園内にとどまっていることが、一因でもある。しかし、私を含めた「公」が、住民とともに試行錯誤し、理解を求めながら野生復帰を進めていかなければ、「公の鳥」から「地域の鳥」に近づかない。農業だけでなく、観光や経済でもコウノトリを取り込めれば、「生活者にとってのコウノトリ」の価値が生まれてくる。 それが一年目の反省点で、今後の課題でもある。 地域活性化の試みも −観光客急増、自然に優しい農業… コウノトリを生かした地域活性化の試みも始まっている。 観光では、旅行業大手のJTBが豊岡市と連携して打ち出した環境学習プランなどが盛り込める団体客向けのツアーが六月の受け付け開始から申込者が千人を上回った。鉄道会社による訪問ツアーなども企画されたうえ、秋篠宮妃紀子さまのご懐妊、ご出産もあり、県立コウノトリの郷公園の見学者が急増。放鳥が始まった昨年九月―今年八月までの一年間に、前年の二・六倍の三十五万二千人が来園した。 豊岡市は地元企業とも連携。企業が共同で、特産品などの販売施設の運営や修学旅行の誘致などの関連ビジネスに取り組むことも検討している。 農業では、兵庫県と豊岡市が連携し、農薬に頼らず米作りをしながら、田んぼでコウノトリの餌となるカエルやドジョウなどの生物を育てる「コウノトリ育(はぐく)む農法」を推進。同農法による栽培面積は市内で百ヘクタールを超え、ブランド米として京阪神を中心に出荷され始めた。残留農薬が国基準の十分の一以下の農産物『ひょうご安心ブランド』も三十九団体が取得し、県内の市町別でトップとなっている。
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