コウノトリ放鳥1年 天舞う命に希望託して

   2006/09/23

抜けるような青空。晴れた日には連なって気持ちよさそうに旋回する光景が見られる
抜けるような青空。晴れた日には連なって気持ちよさそうに旋回する光景が見られる =8月8日、豊岡市内

 国内の自然界で絶滅した国の特別天然記念物コウノトリが豊岡市で放鳥されて二十四日で丸一年。人工飼育で増やした鳥を人里で野生に戻す世界でも例のない試みは一年間で、一部の手法で繁殖に成功するなど一定の成果を上げた。半面、放鳥されたコウノトリが野生復帰事業の拠点、県立コウノトリの郷公園(豊岡市祥雲寺)の外でほとんど餌を探さないなどの新しい課題も判明した。二十三日にはさらに三羽が自然界に放たれ、二年目の放鳥事業が始まる。

 現在進められているのは、約五年間の試験放鳥。その後に始まる本格的な野生復帰に向け、自然界での繁殖や野生化の進め方、生態などコウノトリに関する情報を集める。

 この一年間、繁殖の面では、同公園前の天井のない囲いで、羽根の一部を切って飛べなくした子育て上手のペアが卵二個をふ化させ、ひなを巣立たせた。ただ、他の二手法ではひな誕生まではいかなかった。

 一方、放鳥されたコウノトリは神戸、大阪など経て四日間で約三百五十キロを飛ぶなど大旅行を繰り返し、飼育された鳥でも野生並みの飛行能力があることは実証された。半面、最近では公園前の囲いから巣立った幼鳥とともに大半の時間を公園内で過ごし、飼育下の鳥の餌を横取りしているなど自立の難しさも明らかになっている。

 今年は二十三、二十四日の放鳥で計七羽を放つ。昨年、放鳥されたコウノトリや野生の二羽と合わせ、十六羽が豊岡の空を舞う。


放鳥と幼鳥の7羽/施設の餌に依存深める

県立コウノトリの郷公園と繁殖拠点など

 午後三時前の県立コウノトリの郷公園。天井のない飼育施設のたらいに餌の魚が入れられると、放鳥コウノトリたちが、わが物顔で横取りし始めた。同公園の大迫義人主任研究員はため息交じりに話した。「放鳥した鳥と野生では決定的に違うのか。もっと田んぼに降りると思ったが…」

 自然放鳥された五羽は放鳥直後、ほとんど敷地内にとどまった。しかし、繁殖期の冬から春には一時、活発に行動。一月には、雄一羽が、四日間で約三百五十キロを飛ぶなど遠出が相次いだが、五月以降はまた、公園に居着くようになった。

 公園前の囲いで誕生した幼鳥二羽は、人間に飼育されないまま、巣立った。より自立しやすくすることが狙いだったが、今は自然放鳥の五羽と行動をともにしている。

 野生復帰計画を立てる際に手本としたのが、四年前から市内にすむ野生の雄「ハチゴロウ」。田や河川など、季節ごとに場所を変えて餌をとっていたが、放鳥コウノトリの手本にはならなかった。

 繁殖面でも影響はあった。自然放鳥の二羽は、人工巣塔で産卵したが、ふ化前に卵二個が巣の外に出てしまった。なぜ出たのか、は分かっていないが、大迫研究員は「交代で抱卵する時期に、ともに一時間以上巣を離れ、餌を求めて公園へ戻っていたようだ」と、子育てに慣れていない点を指摘した。

 コウノトリ保護・増殖(野生化)対策会議の委員を務める羽山伸一・日本獣医生命科学大助教授は「一年目は、野生の能力に期待した形だが、無理があることが分かった。今後は人間側が手伝ったり、ときに突き放したりと、より模索する必要がある」としている。

3つの繁殖手法と成否

公園からの閉め出し策−見解の相違浮き彫り

 <公園>強制的自立を推進/<豊岡市>公園「定住」を容認

 県立コウノトリの郷公園で放し飼い状態が続く放鳥コウノトリや幼鳥の自立をめぐって8月、公園と豊岡市の考え方の違いが浮き彫りになった。

里の秋は収穫のシーズン。稲刈りする人々の近くでコウノトリが餌を探していた
里の秋は収穫のシーズン。稲刈りする人々の近くでコウノトリが餌を探していた=9月15日、豊岡市庄境

 七羽が餌を横取りしていた飼育施設は三カ所。施設を空にするなど二カ所から閉め出したが、鳥たちは残る一カ所に集中した。同公園がさらにそこでも試みようとしたが、豊岡市が「幼鳥が餌をねだる鳴き声が聞こえ、かわいそう」と周辺住民から声が寄せられている、として反対。最後の閉め出しは中止された。

 試験放鳥の一年目。研究機関としてさまざまな自立策を模索する立場にある同公園の池田啓研究部長は「公園で餌をやり、たまに外を飛ぶことが野生復帰ではない。野外で生きるために餌を求め、結果として豊岡から他地域に移動したり、死んだりすることなども想定し、計画を進めているのだが…」ともらした。

7月に巣立った幼鳥の雄が8歳の雄に体当たり。縄張り争いか。野性的な一面もうかがわせた
7月に巣立った幼鳥の雄が8歳の雄に体当たり。縄張り争いか。野性的な一面もうかがわせた=8月4日、豊岡市祥雲寺

 一方、コウノトリを通して環境再生と経済活動の両立を目指す豊岡市。施策を進めるためには、シンボルが市内からいなくなっては熱が冷める。中貝宗治市長は「鳥かごの中にいたときよりはずっといい」と現状を容認する考えを話す。

 それぞれの立場から、重視するのは学術的、社会的な側面。さらに住民の複雑な思いがからむ。

 九月の市会定例会。同市が打ち出す各種団体などへの補助金削減方針に反発が相次ぐ中、「コウノトリは『聖域』なのか」の発言も聞かれた。実際にコウノトリを見る機会は少ないこともあって野生復帰事業の意義や効果が実感できず、「なぜコウノトリにばかりに金をかけるのか」との疑問を口にする住民は少なくない。その状況を踏まえた発言だった。半面、野生で生きていくコウノトリを応援したり、「餌場が足りない」と心配する市民もいる。

 そもそも、目指す「野生復帰」の中で、人間がどこまで関与するのか。それらは野生復帰推進計画などに記されておらず、自立策をめぐる考え方の差異にも影響した。

「公」から「地域」の鳥へ脱皮を

 −県立コウノトリの郷公園研究員 菊地直樹さんに聞く

きくち・なおきさん
▼きくち・なおき  1999年、県立コウノトリの郷公園開園と同時に研究員に就く。専門は環境社会学。豊岡市内の60―80歳代の男女約400人に絶滅前のコウノトリの記憶を聞き取り調査し、「蘇るコウノトリ―野生復帰から地域再生へ」(東京大学出版会)にまとめた。香川県生まれ。

 専門の環境社会学からみると、野生復帰は、コウノトリとともに暮らせる地域再生の試みである。一九七一年の絶滅で、一度絶えた人とコウノトリのかかわり。昨年野に放たれ、関係が新たに構築されて一年がたった。

 放鳥後、人とコウノトリの距離は、一年前よりは近くなった。住民が、空を飛ぶ姿を見たり、田んぼの中の人工巣塔で繁殖行動をとるペアを目にできたからだ。それでも、大半の人は放鳥式典などイベント的なかかわりにとどまる遠い対象。「地域の鳥」ではなく、「公の鳥」のままである。

 かつて、日本にいるコウノトリは、おもに田んぼにあふれる生物を餌とする「里の鳥」だった。田植え直後の水田では追い払われる「害鳥」、観光地でもあった茶店から愛でるのはめでたい「瑞鳥」、普段はその辺にいる「ただの鳥」。住民にとって害や矛盾を含む多元的な、そして何より人に近い存在だった。

 ところが豊岡では、数が減って「貴重な鳥」となり、絶滅に向かうにつれて、「コウノトリは行政がやること」となってしまった。「税金を使い過ぎではないか」という声も根強い。だから放鳥されても、豊岡の人は「行政」というフィルターを通して見るので、受け止め方がクールだ。一方、秋篠宮妃紀子さまの話題もあって、公園を訪れる観光客は熱狂的だ。

 放鳥コウノトリが園内にとどまっていることが、一因でもある。しかし、私を含めた「公」が、住民とともに試行錯誤し、理解を求めながら野生復帰を進めていかなければ、「公の鳥」から「地域の鳥」に近づかない。農業だけでなく、観光や経済でもコウノトリを取り込めれば、「生活者にとってのコウノトリ」の価値が生まれてくる。

 それが一年目の反省点で、今後の課題でもある。

地域活性化の試みも

 −観光客急増、自然に優しい農業…

 コウノトリを生かした地域活性化の試みも始まっている。

 観光では、旅行業大手のJTBが豊岡市と連携して打ち出した環境学習プランなどが盛り込める団体客向けのツアーが六月の受け付け開始から申込者が千人を上回った。鉄道会社による訪問ツアーなども企画されたうえ、秋篠宮妃紀子さまのご懐妊、ご出産もあり、県立コウノトリの郷公園の見学者が急増。放鳥が始まった昨年九月―今年八月までの一年間に、前年の二・六倍の三十五万二千人が来園した。

 豊岡市は地元企業とも連携。企業が共同で、特産品などの販売施設の運営や修学旅行の誘致などの関連ビジネスに取り組むことも検討している。

 農業では、兵庫県と豊岡市が連携し、農薬に頼らず米作りをしながら、田んぼでコウノトリの餌となるカエルやドジョウなどの生物を育てる「コウノトリ育(はぐく)む農法」を推進。同農法による栽培面積は市内で百ヘクタールを超え、ブランド米として京阪神を中心に出荷され始めた。残留農薬が国基準の十分の一以下の農産物『ひょうご安心ブランド』も三十九団体が取得し、県内の市町別でトップとなっている。

■ コウノトリ野生復帰推進計画 ■

 2003年、県立コウノトリの郷公園や兵庫県、豊岡市などの行政機関、住民らでつくる「コウノトリ野生復帰推進協議会」が策定した。副題は「コウノトリと共生する地域づくりをめざして」。コウノトリと共生できる環境が人間にとっても安全で豊かな環境であるとの認識に立った、地域づくりを目標としている点が、計画の特徴。

 国際自然保護連合(IUCN)が1995年に示した「再導入」のためのガイドラインが基準。再導入とは、過去の生息地で、絶滅種の集団が繁殖して生息し続けるようにする試み。

 世界では1970年代から、アメリカのカリフォルニアコンドルがグランドキャニオンなどで放たれたように、大半が人里離れた場所で実施されてきた。しかし、準備不足や継続するための財源、体制づくりが不十分だったなどの理由で成功例は約3割にとどまる。

 絶滅種の再導入は国内初。豊岡での成果は、08年に試験放鳥が始まる新潟でのトキの野生復帰の参考にもなっている。

 05年から5年間程度は、短期的取り組みを行う「試験放鳥」、以後を中長期的に行う「本格的野生復帰」としている。

 


1年間の歩み

05年9月24日  県立コウノトリの郷公園(豊岡市祥雲寺)で初めての試験放鳥。秋篠宮ご夫妻や県知事らのテープカットで5羽が大空に飛び立つ
同年9月30日  2回目の試験放鳥。羽根の一部を固定するなどして飛べないようにした4羽を2カ所の屋根のないケージに放つ。うち2羽は野生の「ハチゴロウ」とのお見合いを予定
06年1月22日  5歳雄(当時)が遠出に出発。福井、京都、宝塚、神戸などを経て4日間がかり約350キロの大冒険の後、同公園に戻る    
同年2月17日  7歳雄と4歳雌(いずれも当時)が電柱に運んでいた巣材を関西電力が撤去。感電する危険性があるためで、それでも電柱に巣材を運び続けた
同年3月18日  県立コウノトリの郷公園前の天井のない囲いに放たれていたペアによる今年初の繁殖行動を確認。30日には産卵も
同年3月21日   ハチゴロウ、お見合い相手の雌を攻撃。中止に
同年4月 7日  放鳥コウノトリのペアが豊岡市百合地の人工巣塔で交尾しているのを確認。6日、近くの電柱にペアが運んだ巣材を人工巣塔へ巣材を移動させていた
同年4月14日  放鳥コウノトリのペアによる産卵確認     
同年4月26日  放鳥コウノトリのペアが抱卵をやめる。ふ化絶望的に。28日、卵が割れているのが見つかった。有精卵だった
同年5月 1日  ハチゴロウ以来約4年ぶりに野生のコウノトリが同市に飛来。翌日には姿を消す
同年5月18日   公園前の囲いで1個目の卵がふ化。16日、飛べないように羽の一部を切られた子育て上手なペアに別ペアの卵を託していた。飼育施設外でのふ化は42年ぶり。19日、もう1羽もふ化  
同年6月25日   豊岡市河谷の囲いに4羽を放鳥。周囲の環境に慣らした後の9月24日、周囲のネットを外して自然界に放つ
同年7月14日   公園前の天井のない囲いで誕生したひな1羽が巣立つ。20日にはもう1羽も   
同年7月31日  5月に一度、豊岡に姿を見せた野生コウノトリが再び飛来。雌の幼鳥   
同年8月 3日  自力でえさを取る能力を強制的に養うため、放鳥コウノトリや巣立ちした幼鳥を公園から閉め出す措置が取られた

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