いっそ「村」を名乗るか
尼崎市、阪急塚口駅前。
昨年十月、商業ビル地下一階に美方郡美方町の直営ショップ「ふるさとステーション美方」が開店した。但馬の自治体が都市部に店を出すのは初めてだった。
町の委託で町観光協会が運営する。「美方の情報発信拠点。念願でした」。協会会長の水間富司雄(61)は初代“店主”となった。
二十平方メートル。町の特産品を販売し、スキーやキャンプの観光情報も提供する。農水省推奨の棚田百選「うへ山」で取れた「棚田米」をはじめ、大根、枝豆など産地直送の野菜が並ぶ。
開店間もないころだった。同じ階で働く中年の女性に声をかけられた。
「昔、炭焼きを教えた女の子だった。お互いに年をとったけど、懐かしかった」と水間。出店を聞き、立ち寄る市民も多い。二十数年続けてきた地道な交流の成果を肌で感じた。
民宿では尼崎の小中学生に炭焼きや農業を経験させる自然教室を続けてきた。尼崎市民から大根の栽培委託も受けた。そんな取り組みを土台にした直営店。
「都会の人に野菜を食べてもらう喜びを、町の農家に感じてほしい」と水間は言う。「高齢者の生きがいをつくり出せないか。その先に今後の町の姿を見ることができるかもしれない」
父の世代の奮闘をどう見たか、町を離れていた水間の長男尚司(33)も旅館の調理師として戻ってきた。
◇ ◇ ◇
町の姿、あるべき形を探る模索は、合併をめぐる動きでも本格化する。
北但一市十町(豊岡市、城崎・出石・美方郡)を一市とする案を打ち出す香住町は、美方町に対し、合併研究会に参加するよう回答を迫る。美方町は町民の意見を十分聴くことなどを前提に回答を保留する。
一昨年の美方町の住民アンケートでは「合併容認」が半数を超えたものの、「反対」も三割強あった。「財政や効率を重視した合併で町が変わるのか。小さな町が埋没するだけでは」。水間の思いも揺れる。
四十年前、二つの村が合併した美方町。その後、一つの村は村岡町へ移り、結果として「小代(おじろ)村」が「美方町」に変わっただけ。合併への思いはなおさら複雑だった。
「いっそ『小代村』をまた名乗ったら―という人も結構おるよ」と水間。
村がない兵庫県で「唯一の村」を掲げた方が得策ではないか。埋没への不安がそんな思いにもさせる。
◇ ◇ ◇
松の内が明け、水間が動いた。農家が作付け計画を立てる春を前に、直営店に出す野菜の栽培を頼んで回ることにした。
店頭に並ぶと同時に売り切れる野菜。産地直送は十数軒が担うが、大半は高齢者。作付けに限りがあり、供給が追いつかなかった。
「参加者を増やし、年間通して供給したい。町ぐるみでやらねば成功しない」
かつての工都・尼崎と過疎の町・美方の新たな交流の模索。それは「町の可能性」と「町の形」を今一度探る挑戦ともいえた。
「顔の見える者同士、語り合える者が一緒になった方がうまくいく。『尼崎市美方町』でもいいじゃないか」と首をすくめた水間。
「冗談だ」と笑った、その目は真剣だった。(敬称略)
=おわり=
社会部・長沼隆之、菅野繁、荒川克明、春名健吾と写真部・藤家武、三浦拓也が担当しました。
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