5.残されたもの
(2004/04/03)
モダニズム再発信へ
かつて神戸は詩人と洋画家の街だった。小さなバーの壁画が物語る
=神戸市中央区布引町
「伝言板」
――先にゆく 二時間も待った A
恋人どうしか ただの友達どうしか
――先にゆく 先にゆく
おれも なにかを待っていたが
とうとう この歳になっても来なかったものがある
名声でもない 革命でもない もちろん金銭でもない
口で云えない何かを待った
いま 広大無辺な大空に書く
白い白い雲の羽根ペンで書く
――先にゆく と
神戸・加納町三丁目の交差点の東北に、ツタのからまる小さなバーがある。漆喰(しつくい)の壁にはタタミ大の寄せ絵。作者は小磯良平、田村孝之介、津高和一、小松益喜、伊藤継郎…。その中央に座を占めるのは、竹中郁が描いたこうもり傘だ。
「ある日、父親に小学校から呼び戻された。偉い先生が壁に絵をかくから見とけ、とね。皆さん脂の乗り切った四十歳前後で、生き生きしてましたよ」。二代目マスターの杉本紀夫さん(64)は鮮やかに思い出す。
「アカデミーバー」は創業一九二二年。竹中や小磯は神戸二中時代から、授業を「エスケープ」して通い詰めた。戦後間もなく再開すると、芸術を愛した先代・栄一郎さんを慕い、画家や文学者が集うサロンに。彼らが残した壁画は、当時の神戸にうねっていた情熱をありありと伝える。
店には今も時折、竹中や小磯の話を聞こうと若い作家らが訪ねてくるという。「わずかな人でもロマンを持って、いい時代の神戸を語り継いでくれたら」と杉本さん。
近年、竹中作品の研究や再評価が活発だ。
雑誌「文学界」は特集記事で、二十世紀を代表する文学者二十人の一人に竹中を数えた。詩人で評論家の清岡卓行氏は「世界の神秘にもかかわろうとするような、ふしぎに透明で形而上的な、それでいて彼らしくさりげない雰囲気」を称賛する。
近く刊行予定の「竹中郁詩集成」には、生前の九詩集に加え、四百近い未刊詩編を収録する。
「ようやく全詩業が明らかになる。生誕百年にして未知なる竹中郁像が動き出す」と監修の安水稔和さん。
さらに、若き竹中が興した詩誌発行所「海港詩人倶楽部」を復活させる動きも。主唱者の一人で詩人の小野原教子さん(36)は「詩壇の外からもゲストを迎え、風通しのいい読み物を。竹中郁の神戸から、そのモダニズムを発信したい」。
“詩人さん”こと竹中郁が神戸を闊歩(かっぽ)していたころ。モダン都市の名にふさわしい華やかな光が、街に、港に、バーの片隅にこぼれていた。それは、もしかしたら遠くない未来に、再びよみがえるかもしれない。
=おわり=
(記事・平松正子、写真・田中靖浩)
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