そして見えてきたこと  震災10年

中.女性たちの居場所 (2005/01/21)

性暴力  直視しない社会、今も


 阪神・淡路大震災後の混乱した中でも、略奪や暴動はなかったとされる。しかし、人々の目の届かない場所で性被害は相次ぎ、女性の心身に大きな傷を残した。

 震災から三カ月がたったころ、女性の体や心の相談を受けていた保健師のもとに、涙声の電話がかかってきた。避難所暮らしの女子学生で、前夜、レイプされたという。手元の小銭が足りないらしく、公衆電話は途中、何度も切れた。

 動揺し、詳細は話したがらなかった。とにかく妊娠、性感染症の検査に婦人科を受診するよう説得した。「実際に受診しただろうか。心の傷にも対応してくれただろうか」。今も気になっている。

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 「性を語る会」(東京都)代表の北沢杏子さんはその年の四月、阪神地区の学校体育館などの避難所を回り、女性たちから悩みを聞いた。

 「トイレをがまんして膀胱(ぼうこう)炎になった」「下着や生理用品の替えがなく外陰炎や膣(ちつ)炎を起こした」などの訴えのほか、仕切りの段ボールのすき間から男性に見られ、恐怖や緊張から不眠やうつ症状になっている女性もいた。

 北沢さんは地元の医師や教員、保健師らと交流し、性被害も調べた。半壊の自宅を片付けに行った時に潜んでいた男にレイプされたり、ボランティアの女子学生らがワゴン車で風呂に連れて行くからと誘われ、解体現場に連れ込まれ、複数にレイプされたりしていた。

 しかし、公的機関の反応は鈍かった。

 市民団体「ウィメンズネットこうべ」代表の正井礼子さんは、相談を受けた他の民間団体の仲間と県警に通報したが、「被害届がない」と取り合ってもらえなかった。

 先述の保健師も県に性被害への対応窓口設置を打診したが、返事は「必要ない」だった。

 だが性暴力は、事実を届け出ることで被害者がさらに傷つくことが多い。「訴えたくてもできないつらい心理を、一体、どれだけの人が理解していただろうか」。支援にあたる人たちは、みな口をそろえる。

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 北沢さんは震災のあった一九九五年の九月、米・ロサンゼルスのレイプ被害者のための救援センターを訪れた。保護、診察、警察への連絡を二十四時間体制で行うその充実ぶりに、目を見張った。

 正井さんは、カリフォルニア州サンタ・クルーズ市が八九年のロサンゼルス大地震後に出したリポート「女性への暴力の影響」を手に入れた。そこには、レイプ事件が地震後三倍に増加▽性被害者からの電話相談が急増▽DVによる一時保護の要請の増加―などの実態が紹介され、「大災害後は女性に対する暴力が増えることを想定し、その防止活動が災害救援策に組み込まれるべき」と結んであった。

 「『実態がつかめない』からと震災後の性被害を取り上げないのは、従軍慰安婦の訴えをでっちあげ視するのと似ている」。北沢さんは日本社会のありようを憂う。

 十年たった今も、男子大学生による集団レイプなど、事件は後を絶たない。社会は今も変わっていない。これもまた、関係者らの共通した思いだ。

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