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不知火海へ ―水俣病50年の現場を歩く | ||||||||||
水俣(みなまた)病の「公式確認」から今年で50年。熊本県水俣市のチッソ工場が海に垂れ流した有機水銀による公害病として知られるが、患者は関西にも多く住む。その一人で、水俣病関西訴訟の原告だった尼崎市の川元幸子(かわもと・ゆきこ)さん(2001年8月、75歳で死去)は「公式確認」の少し前、尼崎から夫の郷里の水俣に移り住み、病を身に受けた。「ほんまに公害が一番ひどい時やった…」。川元さんがかつて暮らした不知火海(しらぬいかい)の海辺を歩いた。(松岡 健) |
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