伝統の継承こそ使命
「天満天神繁昌(はんじょう)亭」は十五日にこけら落とし公演を迎える。関西の噺(はなし)家(か)を一つにまとめ、その建設に奔走してきた上方落語協会の桂三枝会長に、思いを聞いた。
―今の気持ちは?
「落語家の間では当初、多額の建設費が集まるか不安視されていた。一億八千万円もの寄付をしてくれた皆さんに感謝したい。繁昌亭が建った大阪天満宮付近は戦前、『天満八軒』と呼ばれ、寄席が並んでいた。吉本興業の第二文芸館もあった。私を育ててくれた吉本発祥の地でもある。歴史ある土地に上方落語の新たな拠点ができたのは、感慨深い」
―落語家の所属事務所との関係は?
「吉本さんや松竹芸能さんは、一流のお笑い芸を見せる興行のプロ。対して繁昌亭は若手落語家を育成する場で、目的が違う。共存というより、繁昌亭は吉本さん、松竹さんの舞台に呼んでもらえる新しいスターを輩出するのが役割と思っている。その分担がかみ合えば、上方落語の発展につながる。上方落語は三百年の伝統を持つ。それを受け継ぐのが平成の落語家の使命だと思う」
―先人の遺産を伝えたいと?
「戦後、関西の噺家は十人前後まで減った時期がある。落語を絶滅の危機から救ったのは、上方四天王と呼ばれる方々。私もその先輩方に育てられた。繁昌亭にも四天王の思いを生かした。玄関には初代春団治師匠が大阪の寄席を回る際に乗ったという赤い人力車、高座には故文枝師匠の膝(ひざ)隠し、舞台上には米朝師匠の書を飾る。そして繁昌亭の名は六代目笑福亭松鶴師匠が高座を務めていた寄席の名からいただいた。若いころ、私も呼んでもらい腕を磨いた寄席。次代を担う若手は、四天王に見守られて育つ。もちろん私も、残りの人生のすべてを繁昌亭のために尽くす覚悟です」
記事・津谷 治英
写真・大山伸一郎
=おわり
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