|
市民置き去り 対立激化
 |
| 1人を除く18人の市議が起立し、不信任案が可決された=3月29日、加西市役所 |
「ここにいる市議全員が反市長派だ。私の主張を聞いてもらえないのなら、退席する」
三月二十七日。加西市会の百条委員会で、市長の中川暢三は怒りで唇をふるわせた。
「何を言ってるんだ。証人はだまりなさい」
百条委の副委員長を務める市議も顔を紅潮させて怒鳴り返す。市長と市会が、怒りをむき出しにして対立した。
百条委では、中川が二〇〇六年度職員採用試験で合格者の入れ替えを指示したことが問題になった。中川は「人物重視で選んだだけ」と釈明したが、百条委は「市長の介入は地方公務員法に違反する」と結論づけた。
二日後、市会本会議に提出された市長の不信任決議案は一八対一で可決された。これに対し、中川は自らの失職を選ばずに、「議会解散」のカードを切った。
◇
同市出身の中川は信州大卒業後、会社員を経て東京で経営コンサルタント会社を起こした。〇二年の長野県知事選や〇三年の大阪市長選などに立候補した経歴を持つ。
くしくも〇二年の長野県知事選は、県議会の不信任決議を受けた田中康夫が失職を選んだことで実施された。この選挙で田中は再任されるが、四年後、三度目の当選はならなかった。
住民の直接選挙で選ばれた首長が議会の不信任決議を受けるのは、全国でもあまり例がない。さらに加西市のように、首長が失職を選ばず、住民の代表が構成する議会を解散させるのは極めて異例だ。そして、異常事態は、首長と議員を選んだ“主役”の市民を置き去りにしたまま進んだ。
◇
〇五年七月の加西市長選で、中川は組織票に支えられた現職を破り、初当選した。当初、「民間発想による行政改革」を訴える中川に対し、約半数の市議が「期待を感じていた」と振り返る。
しかし、直後の九月議会で早くも亀裂が生じる。中川は選挙中に訴えた「水道料金の値下げ」について、「公約ではなく努力目標」と発言。中川を支援した市議が「公約として実現させるべき」と求めると、中川は「私の揚げ足を取る。議会には抵抗勢力が多い」と言い放った。この市議は「敵と決めつけられ、強い疑念を抱いた」という。
その後、市会は、中川が提唱したごみを利用して発電する「バイオマスタウン構想」の調査費を否決。中川は「チェック機能を果たさなかった市会が市の財政を悪化させた」「レベルの低い質問には答えたくない」と批判をエスカレートさせた。
今年三月に浮上した採用介入問題。当初、中川は「合格者の入れ替えはない」としていたが、虚偽の発言に刑事罰が科せられる可能性がある百条委では、「補欠候補者より下からも合格者を選んだ」と認めた。この“証言”を受け、最後まで市長支持派とされた三人のうち二人が不信任に転じた。
□
職員採用をめぐる問題を契機に、市長不信任案可決、さらに市会解散にまで突き進んだ加西市。背景には「改革」をめぐる市長と市会、職員の対立が横たわる。民意が問われる市議選告示を前に、中川市政と市会の一年八カ月を振り返る。
(敬称略) |