ようこそ神戸へ  〜世界華商大会を前に

3.ワールドフロンティア社長 張傑(ちょう・けつ)さん(36) (2007/06/19)

次なる成長の機会に

「大会は若い華商の間でも大きな話題になっています」と話す張傑さん=神戸市中央区港島9、ワールドフロンティア(撮影・大山伸一郎)
【メモ】
1971年、中国・大連生まれ。2004年に神戸市中央区で起業。現在、日本人従業員3人。中国支社も設立している。尊敬する人はソニー創業者の一人、盛田昭夫。

 神戸市内でフローリング材などの販売会社を営む張さんは、初来日のとき、船上から見た神戸の夜景を今も鮮明に覚えている。まばゆいほどの光の洪水。夜には辺り一面が真っ暗になる故郷の大連と大きく異なる光景に「中国で聞いていた“先進国日本”を象徴していて、無言で見入った」。

 来日前は、中国の政府機関に就職する将来を漠然と思い描いていた。大学で日本文学を専攻したのも「日本人の女性講師にあこがれたから」と笑う。その講師が毎日服を替えることが不思議に思えるほど、当時、日本は遠い国だった。

 来日のきっかけは、大学二年のとき。教授の推薦で受けた国費留学の試験に合格し、神戸商科大で経営学を学び、大学院まで進んだ。刺し身やプロレス、車の洪水…。異文化に驚きながら、日本人と酒を酌み交わし、語る中で「心の在り方は中国人と何も変わらない」と感じた。

 経営学を専攻するうちに起業を考えるようになった。大学卒業後、神戸で会社勤めをした後、知人の勧めでフローリング材の輸入販売を始めた。「当時、若者が会社を設立できるほど中国経済は成熟していなかった。神戸での起業に迷いはなかった」と振り返る。日本ではすでに多くの華商が活躍していたことも、背中を押した。

 来日して十六年たった今、あらためて自分が中国人だと思うのは、家族四人で夕飯を一時間半かけて食べるときだけという。唯一変わらない中国の習慣だ。多くの日本人のように数十分で食べることはできないが、交渉などで中国人であることを不利に感じたことは少ない。「よいものを安く買いたいという気持ちは全世界共通。日本の経済界はシビアだが、実力があれば国籍に関係なく認められる」と言い切る。

 かつて、大きく違って見えた神戸と大連。今では海、山、坂があるこのまちを「故郷に似ているから好き」と話す。

 その神戸で、各国で活躍する中国系経営者らが一堂に集う世界華商大会が開かれる。「先輩から経営のヒントを学び、新たな取引先を見つけるビッグチャンス」と、張さん。同時に「三十代、四十代の若い華商たちと情報交換ができる組織をつくり、人も会社も互いに成長できたら」と大きな期待をかける。

(末永陽子)

HOME ・ 連載TOP ・ 社会TOP 2<  >4

Copyright(C) 2007 The Kobe Shimbun All Rights Reserved