| 転機の巨大生協 コープこうべ80年 『組合長に聞く』 |
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「共助」実現が存在意義
コープこうべの八十年の歴史は、社会や経済の変化に素早く対応する試みの連続でもあった。経営再生にあえぐ中で二十一世紀を迎えた巨艦は何を変え、何を守っていくのか。かじを取る小倉修悟組合長に聞いた。 ―生協発祥の地・欧州では苦境に陥る組織が多い。八十年間、協同組合運動を維持できた要因は 「世界三大生協として交流があった独・ドルトムント生協は、株式会社と手をつなごうとして組合員が離れた。フランスの生協は政治中立を守れなかった。国や時代ごとに生協をとりまく課題は違うが、本質は組合員のために存在する組織だということ。その大原則を、見失わなかった」 ―だがコープこうべも拡大路線が災いし、九九年三月期には赤字に転落した 「バブル崩壊で九二年、全国の生協の間に出店抑制など構造改革が必要との声が上がった。まず首都圏の生協が手を打ち、経営を安定させた。うちも人件費抑制など、リストラの準備は始めていた。九四年開業のデイズ西宮も、出店の可否をさんざんもめた」 ―なぜ、改革ができなかったのか 「震災復旧で吹っ飛んでしまった。加えて供給高が予想より上回り、われわれへの称賛の声も高まって、自分たちはものすごく力のある怪物なんやと思い込んだ。だが数字の伸びは実力ではなく、他店の再開の遅れや、震災特例があったから。震災翌年の九六年に既存店の供給高が落ち、九八年度の経常赤字転落でようやく本格的な改革を始めた」 ―人員削減や閉店。創業以来の厳しさだった 「避けて通れない。皆さんに迷惑をかけたが本当につらい決断を迫られた。希望退職も予定を大きく上回る六百四十人に協力してもらった。今後は営業の基本に戻り、攻めに転じる。まだ十分とは言えないが、量から質へ、経営が変わりつつある」 ◇ ◇ ◇ ―規模拡大の原動力だった協同購入が不振だ 「女性の社会進出などもあるが、希望退職による職員不足も要因ではないか。一時的な現象と見ている。戸別配達から始めて協同購入グループを組む人も多いはず。サービス向上の余地はある」 ―組織の源泉である組合員の活力が低下しているからではないか 「いや、経営再生以後も活力は高まっている。食品衛生法改正を求める署名には、全組合員数を上回る二百十万人が参加してくれた。新商品・コープスの発表会では職員が慌てるほど来訪者があった。活動も自主性を強めている。生協と組合員のきずなも、深まった」 「創始者の賀川豊彦は、生協の役割を地域での人間性回復と説いた。最近、弱肉強食の市場原理が当然のように唱えられるが、地域の共同体では住民が助け合う“共助”を実現すべきだ。これは世界共通の課題。その一助になるからこそ、生協は社会に必要な存在でありうる。失敗しながら、勉強の繰り返しだ」 =おわり= (この連載は松井元、佐伯竜一が担当しました) |