「神戸・ユダヤ人難民1940―1941」出版 日本女子大金子教授

  2004/01/20


 ナチスの迫害を逃れたユダヤ人難民のうち、四千数百人が神戸を経由して他国へ渡り、生き延びた―。日本女子大教授の金子マーティン氏がその史実を検証し、「神戸・ユダヤ人難民 1940―1941」を出版した。当時の神戸新聞を主な資料として、戦時中の日本政府がとったユダヤ人対策や中継地・神戸での難民の様子をつぶさに伝えている。(平松正子)

仮の安住地 史実を検証/神戸新聞を資料に

 金子氏は一九四九年英国に生まれ、五六年に初来日。ウィーン大大学院で学んだ。専門は少数民族への差別問題で、三年前から神戸のユダヤ人難民について調査してきた。これまで在阪紙に基づく論文しかなかったことから、地元の神戸新聞に注目したところ、「驚くべき内容が次々に出てきた」という。

 まず目につくのは、神戸にあった日本唯一のユダヤ人組織による“戦争協力”の記事。「ユダヤ人協会が皇軍遺族に一千円寄付」(三七年十月十五日付)「皇軍必勝を祈り、ユダヤ人が祈願祭」(四一年十二月二十二日付)。一方で「在神ユダヤ人がドル買ひに暗躍」(三九年五月三十日付)「ユダヤ人の密輸」(四〇年三月二十一日付)などの記事もある。

 ユダヤ人難民についての最初の報道は三九年一月十五日。「ユダヤ人お断り 神戸港でも昨年の暮から上陸禁止」との見出しが躍る。しかしその後、難民らはシベリア経由で敦賀から神戸へ続々流入。四一年二月二日には「祖国なき人々…仮の安住地神戸へ四千人」とある。同月十八日には彼らの姿を「青い帽子に青いオーバー、精力的体躯…子供たちが物珍らしさうにじつと見入る」「二人の若い青年が力強い握手!…追はれの身が異境で味ふ友情!」などと伝えている。

 「反ユダヤの論調は当時の新聞に共通する。国際都市・神戸でも、ユダヤ人難民と市民が直接触れ合えなかっただろう。差別というより接し方が分からないまま、無意識に隔たりができているのは今も同じ。私自身も含め、差別意識は誰もが持っている。それに気づかなくては」と金子氏。

 本書は、現代日本の問題点も指摘する。例えば、世界経済をユダヤ人が牛耳っているというビジネス書や、ナチスの収容所にガス室はなかったとするホロコースト否定論など、「ヨーロッパでは到底出版できない」反ユダヤ主義の本が横行。また昨春の世論調査で、在日外国人について「日本人同様に人権を守るべき」という回答は54%にとどまり、「日本人と同じ権利がなくても仕方ない」が21・8%に上った例などを挙げる。

 金子氏は「日本には差別を助長したり、歴史をねじ曲げる行為を罰する法律がなく、人権意識に欠けた発言がまかり通る。この本では個人的見解を控え、なるべく多くの資料紹介に努めた。真に自由な読者の解釈に委ねたい」と話している。

 「神戸・ユダヤ人難民」は、みずのわ出版刊、四千二百円。


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