![]() | |||
|
再建された神戸栄光教会
|
|||
|
2004/12/02 天に伸びる鐘楼。赤レンガの落ち着いた壁面―。大正期の教会建築として人々に親しまれながら阪神・淡路大震災で全壊した神戸栄光教会(神戸市中央区)が、このほど十年の歳月を経て、ほぼ元の外観で再建された。震災で壊れた多くの建造物が解体され新築された中、神戸の街のシンボルの再生は、何を語り掛けるのだろうか。
(仲井雅史) 「記憶」守り、元の姿で/必要だった10年の歳月
「元の姿に戻ったので懐かしくて。そばを通るたび眺めていた教会がなくなり、寂しく思っていたんです」。初老の婦人が、再建された神戸栄光教会を見上げていう。 震災で全壊した先代の教会は一九二二(大正十一)年に竣(しゆん)工した。会堂の三角屋根と四十メートル近い鐘楼の絶妙の配置、赤レンガの外観が特徴で、七十年以上にわたり神戸のランドマークの一つとして親しまれてきた。 再建では、基本的にこの外観を復元。レンガを一つ一つ手積みにするなど、以前の趣に近づけた。外観が元の姿を取り戻したことで、教会員にとどまらない多くの人々の記憶が呼び起こされた。港町・神戸の歴史的な景観。幼いころの遊び場。県庁を訪ねたときに見上げた思い出…。 「この場所に、この教会がある意味。私たちも帰ってきたという気持ちになりますが、信仰を超え、多くの人がそれぞれの思いで教会を“心のふるさと”と感じていた。今回の再建でそのことを学びました」と教会員の中道晴夫さんは話す。 ◇ 再建には十年近い時間がかかった。同教会の動きが鈍かったわけではなく、震災から約五カ月後には再建委員会を設置し、議論が始められた。アンケートも行われ、「二十一世紀にふさわしいモダンな教会を」など、さまざまな案が出たが、意見は一致しなかった。 「一日でも早く、が皆の思い。しかし、信仰上、多数決で物事は決めない。時間をかけ、意見を募り、合意を得るまで議論を続けた」と、教会の竹内正事務主事。 二〇〇二年に転機が訪れた。議論を一度白紙に戻し、コンペを実施したところ、意外にも半数の企業が元の外観を基調とした設計案を提出した。 実は震災当初、「元に戻す」どころか「元の規模に」の発想もなかったという。震災の重い記憶を引きずるより新しいプランによる再スタートを―と望む意見が目立ち、また国、県などの文化財指定を受けていないために自力での再建が原則で、膨大な資金が必要だったからだ。 ところが、歳月が状況を変えていた。以前の教会を「懐かしい」と思えるようになり、資金も地道な寄付が実っていた。「可能なら、元の姿に」。一方で、内部はバリアフリーなど、近代化を図った。 「今にして思えば」と竹内事務主事は振り返る。「この十年は必要な時間だった。自然に流れができ、もっとも落ち着く再建案に至った。かつての教会生活の記憶と新しい教会とが結び付き、違和感なくなじめる」 ◇ 震災は多くの人々に愛されてきた建造物を奪い、風景を変えた。中には修復可能な歴史的建造物が多く含まれていた。当たり前に思っていた風景が、突然奪われる。懐かしい風景が、短期間でまったく新しい姿に変わってしまう。 「こうした風景の変化は“街の記憶”を断ち切る。変化した場所は、見るたびに震災を思い起こさせ、人々の心にダメージを与える」と兵庫県教委文化財室の村上裕道係長は指摘する。「今回のような再建は、記憶の連続性を守ることで、『こころの修復』につながるものだろう」 また、村上係長は「欧州やかつての日本では、歴史的建造物や住みなれた家が修理できるなら、『時間をかけて直す』努力が行われてきた。むしろ震災では、当たり前のことがなされなかった」と問題提起する。 竹内事務主事もいう。「十年がかりといわれますが、大正時代の建設でも十年の歳月をかけている。そういうものではないでしょうか」 | |||
|
[文化TOP]
|
|||
|
Copyright(C) 2004 The Kobe Shimbun All Rights Reserved.
|
|||