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| 詩人・杉山平一さんが新著 「詩と生きるかたち」 |
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| 2006/09/02 「リズムとは生命の流れに同調すること。生きるかたちそのものが詩の中にあるんじゃないか」―。宝塚市在住の詩人・映画評論家杉山平一さんが、近年のエッセーや講演録をまとめた新著「詩と生きるかたち」を発表した。詩や映画、文学仲間、戦争、人生について自在に語りつつ、生きる意味をも示す一冊。今年で九十二歳になる詩壇の重鎮に、今の思いを聞いた。(平松正子) 「目的」は詩そのもの/自在に語る映画や文学
杉山さんは一九一四年会津若松市に生まれ、神戸・大阪に育った。戦前の旧制松江高校在学中、映画に夢中になり、批評誌へ投稿。やがてモンタージュや反復、逆回転といった映画的手法を詩作に転用していく過程も、本書でつぶさに明かしている。 「映画評から出発したことには、長く劣等感があった。当時は俳句や短歌から詩に入ってくる人が多く、雪や蝉(せみ)や紅葉を持ち出してうまく作る。私はエンジニアだった父の影響か、昔から虫捕りより機械工作が好きな性質。自然を歌うのは今も苦手です」 松江高の一年先輩だった花森安治を追う形で、東京帝大文学部美術科へ。下宿先の「長栄館」では秋田実、長沖一らと同居した。帰阪後は織田作之助、藤澤桓夫らと親交。昭和初期の文学史を実際に生きてきた立場から、現代の通説には違和感を覚えるという。 「昭和十年代は私の二十歳代。言論が規制された暗い時代といわれるが、違う。芥川・直木賞ができ、荷風や谷崎、太宰、石坂洋次郎らが、ピークの作品を次々書いたころ。詩や小説の枠を超えた交流も、今以上に盛んだった」 そしてそれは、所属した詩誌「四季」(第二次)の十年とも重なる。堀辰雄、丸山薫、三好達治、萩原朔太郎、中原中也、伊東静雄、竹中郁…。輝かしい詩人を擁しながら、三好らが戦争詩を書いたことで、戦後は“四季派”全体が否定された。ここにも異議がある。 「それぞれ全く独自な才能であるのに、四季派などと分類するのがそもそも誤り。また当時、うまい詩人には注文が集まり、校歌を書くように戦争を称(たた)えた。特に三好さんなどはまじめで、国のためと信じて働いた。戦後の文学史家の臆面(おくめん)もない批判は不愉快」 大正、昭和と詩を書き継いで、自問を繰り返してきた。詩とは何か。それはある意味では全く無用の言葉遊び。しかし、だからこそ、そこには生きる意味そのものがある、と考えていく。 「人は何のために生きるのか。それは結局、生きるために生きるのだ。唯一貴重な存在が何かの手段などであるはずなく、それ自体が目的。詩も同じで、遊ぶために遊ぶ。手段と目的が一致しているというあり方が快い」 そして平成の今。現代詩の状況をどう見るか。 「現代詩は分からない、とよくいわれる。それはいい。分からないもの、隠されたものに人は魅力を感じるから。しかし、ただ下手で分からない、書いてる本人にも分かっていないようなのが多すぎ。詩は元来、少数者のものだが、一般から完全に離れようとしている」 編集工房ノア刊、二千三百十円。 |
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