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ボルヘス没後20年 木村榮一・神戸市外大学長に聞く
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2006/12/13
アルゼンチンの作家ホイヘ・ルイス・ボルヘス(一八九九―一九八六年)が亡くなって、今年で二十年を迎えた。博識に裏打ちされ、独特の幻想性をたたえた短編やエッセーは、二十世紀文学の最高峰として、いまなお輝きを失わない。中南米文学が専門で、短編集「エル・アレフ」の翻訳(平凡社)も手がけた、神戸市外国語大学の木村榮一学長に、難解で知られるその文学について語ってもらった。(武藤邦生) 「永遠」テーマ 難解な著作
「エル・アレフ」に所収の短編「アヴェロエスの探求」は、次のように始まる。 「アブルグアリド・ムハンマド・イブン=アフマド=イブン・ムハンマド・イブン=ルシュドは、その著作『タハフト・ウル・タハフト』の第十一章を書いていたが、その中で『タハフト・ウル・ファラシファ』の著者として知られるペルシアの隠者ガザリの考えに反駁して、絶対者〈神〉は宇宙の普遍的な法則と種にまつわることは知っているが、個々のことについては何も知らないと主張している」 この一文だけでも難解な文体であることが分かり、神学や古典に関する深い学識がうかがい知れるだろう。ちなみにガザリは実在の神学者だ。 物語は細部まで正確に描かれているが、意図は明確には示されない。このような独特の文学を木村氏は「さまざまに解釈できる抽象画」と評す。 難解な作品ばかりだが、その底流にあるのは「永遠」という。 注意すべきは、「永遠」と「無限」の違いだ。時間とともに常に変化を伴う「無限」に対し、「永遠」は同じことが延々と繰り返される。時間のない、いわば神の世界だ。 「科学が進歩した近代は『無限』が台頭し、『永遠』が失われた。対して、ボルヘスのテーマは一貫して『時間否定』であり、失った『永遠』を取り戻すことだった。中世の神学者を描いた作品が多いのも、『永遠』と最も深くかかわっていたのが彼らだったからだ」 ◇ 一方でボルヘスには、アルゼンチンの「ならず者」を主人公にした小説も多い。暴力に満ちた裏社会が舞台となり、「神学もの」とは相当に隔たった印象を受ける。 この「ならず者」への愛着の理由の一つに、木村氏は南米という“辺境性”を挙げる。 アルゼンチンは十九世紀初め、ようやくスペインから独立した。当然、国民文学と呼べるものはなかったが、十九世紀後半に「ガウチョ文学」が出現した。ガウチョとは南米のカウボーイであり、勇敢な男の象徴。パヤドールという即興詩人がギターをつま弾きながら、それを語ったという。 「ボルヘスはガウチョ文学に、『イリアス』などの英雄叙事詩と通ずるものを見いだし、自分のフィールドである短編小説で再現しようとしたのだろう」と話す。 そして、「坂本龍馬が今生きていたら、剣道の師範」と、例え話をしながら続ける。 「社会が整った現代は、英雄を必要としない時代。別の時代に生きていれば英雄であった人物も、自分が何者であるのか気づくことはない。叙事詩的な英雄を、いかに現代によみがえらせるか―。ならず者にこだわった背景は、そこにあったのではないか」 ◇ 迷宮のようなボルヘス文学だが、読むコツはないものか。 「分からないから面白い。それだけに、いつまでも印象に残る」と木村氏。迷宮を解き明かそうとするのでなく、そこに迷い込むのも、一つの楽しみ方だろう。 |
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