蝉しぐれ (2005/10/07)

 

清らかな日本人の美

 貧しくとも、まっすぐな主人公の生き方に、背筋が伸びる思いがした。印象を一言でいうなら、「清冽(せいれつ)」。わき出る清水のような美しさが、画面の端々に、主人公やヒロインのたたずまいに、移ろう四季の風景の中にある。

 時代小説の名手・藤沢周平の同名小説の映画化。東北の小藩を舞台に、下級武士・牧文四郎の成長を、少年期と青年期の二部構成で描く。

 文四郎の父(緒形拳)は、藩内の派閥争いに巻き込まれ切腹。謀反人の子として、文四郎は苦難に耐え、剣の道に励む。その親子愛、剣友との友情、幼なじみ・ふくとの淡い恋―。権力闘争に血道を上げる藩の権力者らの醜さに比べ、文四郎の生の何と清らかなことか。そこにはかつての「日本人」の美しさがあり、一種の「郷愁」を誘う。

 少年時代の文四郎(石田卓也)と少女ふく(佐津川愛美)は泥臭く、たくましい。子役二人の野性味、純粋さが、成長後を演じた市川染五郎、木村佳乃の気高さを引き立てている。

 その少年・文四郎が照りつける夏の日差しの中、必死で父の遺体を載せた荷車を引く場面は、出色。坂道で立ち往生した荷車を、ふくが一緒に押し始める姿は、涙を誘わずにおかない。

 その坂道は、いわば文四郎の「人生の苦難」の象徴だ。悲しいかな、ふくと文四郎は結ばれぬ運命にあるが、苦しみの渦中、その坂で二人の心は一つになった。皮肉だが二人にとり、それは最も“幸せ”な一瞬だったといえるのかもしれない。

 「清冽」とは、本来、水の美しさ、冷たさを形容する言葉だ。劇中、幾つもの水辺の情景がスクリーンを彩る。朝の川辺で、ヘビにかまれたふくの指先の血を吸う少年・文四郎の姿。川岸の巨樹の下で、将来の夢を語る少年たち―。流れゆく川が、静かに人々の生を見つめているのだ。黒土三男監督。二時間十一分。公開中。

(堀井正純)

HOME ・ 映画TOP

Copyright(C) 2005 The Kobe Shimbun All Rights Reserved