空中庭園 (2005/11/04)

 

浮遊する“理想の家族”

  ハリウッドでは、「家族」をテーマにした映画ばやりだ。「シンデレラマン」「宇宙戦争」…。家族のきずなの大切さを前提に、親子の愛憎、家族愛を描く。家族の枠組みが崩壊した米国社会が、逆に「理想の家族像」を求めるのだろうか?

 無論、伝統的な家族観が揺らいでいるのは、日本も同じ。本作が扱うのも、まさに浮遊し、漂う家族の姿だ。角田光代の同名小説を俊英・豊田利晃監督が映画化。毒のある笑いと痛みに満ちた哀切な家庭劇に仕立てた。

 東京郊外のニュータウン。巨大なマンションに暮らす四人家族、京橋家は、「家族の間で一切隠しごとをしないこと」をルールとし、性的な話題さえタブーではない。

 一見明るくオープンな理想の一家に見えるが、実はヒロイン絵里子(小泉今日子)と夫の貴史(板尾創路)はセックスレス。貴史は二人の愛人の間を右往左往し、長女マナ(鈴木杏)はいじめで高校を無断欠席。パソコンオタクの長男航(こう)(広田雅裕)も中学校をさぼっている…。

 「空中庭園」とは、内実は宙に浮いたようにバラバラの京橋家を象徴してもいるのだ。自宅では仮面をかぶり、良き家族を演じているが、もう一つの重要な舞台、ラブホテルで、それぞれの別の顔があらわになる。

 いつも作り笑いを浮かべ、“理想の家族”を守ろうと苦闘する絵里子が痛々しく切ない。物語のカギとなるのは、彼女が抱える過去の秘密、実母をめぐる心の傷だ。苦悩し、孤立する彼女がそれをどう乗り越えるのか。

 映画は、家族をつないでいるのは血ではなく、「一緒に居たい」との思いや覚悟なのだと暗示する。「やり直し」は可能か? 「再生」への希望をともしたラストに救いを感じつつ、現実はそうは甘くないと、一抹の違和感も残った。一時間五十四分。シネカノン神戸で公開中。

(堀井正純)

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