ラブリーボーン (2010/01/29)

殺された少女が見る世界

 殺された少女の視点から、事件後の家族や友人、殺人犯らの姿を描く手法が斬新だ。監督は「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズのピーター・ジャクソン、製作総指揮スティーブン・スピルバーグと大作ムードが漂う。サスペンス、家族愛、映像…。多くの要素を詰め込み、いろいろな楽しみ方ができるが、殺人を扱っているだけにどうしてもやるせなさが残った。

  「シャイニング」の息詰まる密室サスペンス、「ゴースト」の死者が現世の人に寄せる愛情、「大霊界」が見せた死後の世界、「さまよう刃」の犯罪被害者が抱える思い。それらの映画を足して割ったような作品だ。

  舞台は1973年の米国。「近所の男に殺された」という14歳の少女スージー(シアーシャ・ローナン)の独白から始まる。物語は彼女が一人称で語るスタイルで進む。

  犯人への憎しみ、初恋相手に対する思い、家族の心配などから彼女は、この世と天国のはざまで動けなくなる。そこから見守る現世では、犯人によって残された家族にも危険が及ぶ―。

  わたしには娘がいるので、スージーの父の視点で見た。犯人捜しに没頭するあまり、残された妻と娘、息子を顧みない。家族はバラバラになり、その後再生するのだが暗い気持ちが残る。娘を失った心は、決してプラスにはならないのだから。

  でも希望がないわけではない。現世に少しだけ関与して家族を守ろうとするスージー。さまざまな出来事を見聞きした成長ぶりが、ある二者択一をするラストで示される。父親ならば「そっちを選ぶとは!」としかってしまいそうだが、軽やかな選択ともいえる。どうだろう。

  さらに作品の魅力を深めるのは、この世とあの世のはざまの描写。雪山の向こうに浮かぶ月が時計になったり、葉っぱがすべて鳥に変わって飛び去ったりと、独特の世界観を醸し出す。時に美しく、時に怪しくという目まぐるしい変容が、スージーの心象風景や現世の出来事を反映しているのがうまい。変化をチェックするのも面白い。

  2時間15分。神戸国際松竹などで公開中。

(吹田 仲)

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