亀も空を飛ぶ (2005/12/16)

 

クルドの子らの「日常」

 「日常」とは何だろう。多くの人々にとっては、それはありふれた日々の、ささやかな「幸福」とほぼ同義ではないか。長い戦乱の中、犠牲となってきた民族を描く、このイラク・イラン合作映画を見た後では、そんな「日常」がいかに尊く、戦争がいかに力なき庶民を苦しめるか、考えずにおれない。そして、いつも最も過酷な運命を背負わされるのは、未来を担うべき子供たちなのだ。

 二〇〇三年、イラク北部の山村。長く虐げられてきたクルド人集落である。イラン・イラク戦争や湾岸戦争で村は荒れ、難民テントが並ぶ。住むのは老人と子らばかり。

 バフマン・ゴバディ監督は、戦争で親や家を失った子供らに焦点を当て、その「日常」を淡々と映し出す。地雷で手足を失った少年ら。戦火のどさくさでの強奪やレイプ。それらが子供らに残した深い心の傷。村には破壊された兵器が無造作に転がる。

 これは記録映画でなく、ファンタジックな要素も交えた劇映画だが、そこにあるのは作り事ではない、生々しい“現実”なのだ。

 主人公は、サテライト(人工衛星)というあだ名の少年ソラン。彼は、戦争の情報を求める長老らのため、村々で衛星放送受信用のパラボラアンテナの入手・設置を取り仕切り、村民から一目置かれている。一方で、村の子らを指揮し、地雷原で、地雷を掘り起こし、国連にコネのある男に売りつけ現金も得る。米国通を装い、たくましく生きる大人ぶった少年だ。

 その彼がある日、目の見えぬ赤子を連れた難民の少女アグリンに恋をする。が思いは通じない。そしてソランは、彼女の兄ヘンゴウが、不思議な予知能力を持っていることを知り…。

 言いしれぬ悲しみを秘めた少女アグリンの瞳、表情が忘れがたい。灰色の世界で少年らが探し求め、唯一の「希望」「幸せ」の象徴のように思えた「赤い金魚」は最後まで、子らの手に入らない。絶望の中、救いはどこにあるのか。不思議な幻想性が、甘く世界を彩るのではなく、過酷な現実を際立たせる。

 一時間三十七分。シネカノン神戸などで公開中。(堀井正純)

HOME ・ 映画TOP

Copyright(C) 2005 The Kobe Shimbun All Rights Reserved