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数学介した心の交流
これは純粋で美しい心を持つ人々が織り成す、温かくも美しい物語。人生の苦み、悲しみに縁取られているが、主人公らの優しい心映え、いたわりと慈しみの心が全編を覆い、満ち足りた静かな心持ちにさせてくれる。
そして、主人公が語る数字の不思議な魅力、整然とした数学世界の美しさが、世界に隠された真理や調和、美について教える。その簡素な美を描く淡々とした流れの中に、小泉堯史監督らしい「美意識」がある。
小川洋子の同名小説の映画化。主人公は、寺尾聰演じる初老の天才数学者。彼は交通事故で記憶障害となり、事故以後の記憶が八十分しかもたない。「博士」と呼ばれる彼と、身の回りの世話に雇われたシングルマザーの家政婦杏子(深津絵里)、その小学生の息子(齋藤隆成)。三人の心の交流が軸となる。
人とのコミュニケーションが苦手な博士は、「数」をきっかけに、会話を始める。数学に愛を抱く博士は、一般人から見れば風変わりで、その言葉には奇妙なユーモアが漂う。杏子の靴のサイズが24と聞き、「実に潔い数字だ。4の階乗(1×2×3×4)だ」と語る。杏子の息子の頭がルート記号のように平らだからと、少年に「ルート」と名付ける。
邪心のない博士に触発されるように、杏子もルートも優しさで周囲を包む。そして杏子は、「目に見えぬもの」こそが本当に大切で、世界を支えているのだと知るのだ。
それにしても見方一つで、世界は何と「発見」と「驚き」に満ちていることか。人と人、人とモノとの不思議な「関係性」。哲学者のようでもある博士の存在と言葉が、そのことを教える。世界に「希望」や「美」を見いだせるかどうかも、その人次第なのだ。
博士とルートが大の阪神タイガースファンという設定が、博士の人間味を深め、物語に意外な庶民性を加えているが、往年の名投手江夏豊の背番号に関する数学的“発見”には、静かな興奮と感動さえ覚えたのだった。
一時間五十七分。二十一日公開。
(堀井正純)
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