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その名も「栗花落(つゆ)の井」。栗(くり)の花が落ちる季節と、梅雨をかけたなんとも優雅な呼称だ。由来は奈良時代にさかのぼる。 淳仁(じゅんにん)天皇(在位七五八―七六四年)に仕えていた当地の郡司・山田左衛門尉真勝(さねかつ)が右大臣の二女・白滝姫に身分違いの恋をした。
天皇の仲介で恋は成就し二人は結ばれた。ところが姫は三年後に亡くなってしまう。悲しみにくれた真勝は、ここに社を建て弁財天を祭った。 水が湧き始めたのはそれからだ。毎年入梅のころ、社の前の池に水が満たされるようになった。伝え聞いた天皇は、真勝に「栗花落」姓を与え、井戸にも名が付いたのだという。 「湧いてくる水は、真勝や村人に対する白滝姫の気持ちではないでしょうか。この井戸のおかげで、村の水不足が解消されたともいわれています」と、真勝の子孫にあたる栗花落利子さん(78)。 「近くの丹生山系の保水量が、井戸水の増減と関係しているのかも。でも深く考えない方が神秘的でいい」。山田民俗文化保存会の太田嘉郎副会長(74)も、伝承の恋物語を大切にしている。 井戸の周囲はかやぶきの古い民家や棚田が残り、今も歴史のにおいが濃い。湧いたばかりの澄んだ水をじっと見つめ続けていると、ときを超えて姫の情念が伝わってくるような気もした。
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(掲載日:2004/06/24)
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