(掲載日:2002/12/17)
13.世の中、段々せちがらなって

 福原の風俗街を離れ、花隈へ向かう。かつて、神戸で花街といえば、この一帯をさした。

 坂道にある老舗(しにせ)の寿司屋に寄った。カウンターで杯を手に主人と話す。六十一歳。中学卒業後、板前修業を積み、三十八歳で父から暖簾(のれん)を託された。

 「昔はね、お座敷に出る芸者衆で通りが華やいだ。子ども心にあこがれた」

 が、今はその面影はない。料亭、お茶屋、仕出し屋…。戦後五十軒あった店は次々と姿を消し、二十軒を切る。代わってマンションが建ち、街の風情は様変わりした。

 主人の紹介で近くに住む元芸者を訪ねた。八十一歳。「多美枝」の源氏名で、十四歳から五年間、花柳界に身を置いた。

 「あのころは芸者が千人近くいてた。お客さんは皇族から財界人までそうそうたる顔ぶれでね、海軍の山本五十六元帥のお座敷にも出たんよ」

 日を替えて、別の女性と会った。現役時は「豆千代」と言った。六十三歳の今、三宮でスナックを経営する。

 「海運や造船に勢いがあった時代が懐かしい。ひと晩に四つのお座敷から声がかかった。けど、私が現役をやめた十三年前には、ほとんどのうなって」

 「何でまた?」

 「ご時世かな」

 さらにこう付け加えた。

 「世の中が段々せちがらなって、花街で遊ぶ度量が薄れたんやろね。その上、大会社が本社を東京へ移したでしょ」

 地元に検番はなくなった。もしも今、花隈で芸者を呼ぶなら、直接本人に電話するか、別の検番を通してとなる。ただし三味線などの地方(じかた)はいない。福原などから招く。

 郷愁の流れる街を歩きながら、再び寿司屋をのぞく。近くの飲食店仲間がいた。座はこんな話題で盛り上がった。

 「景気づけに花隈音頭を復活できんものか」「お座敷で、観光客に芸者の格好をしてもらったらどうやろ」

 呼び込みも派手なネオンもない花街の夜が、静かに更ける。

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