6.社会との接点
(掲載日:2002/08/04)
必要な情報公開と対話
「専門用語ばかり。分かるように話してほしい」。神戸フィルム・オフィス代表の田中まこ(47)は、研究者の説明にくぎをさした。
映画などの市街地ロケを支援するフィルム・オフィスの世界では、第一人者。高校生になる双子の娘の母でもある。生命科学にはずぶの素人だが、昨年から理化学研究所「発生・再生科学総合研究センター」で、研究内容を倫理面から審査する委員を務める。
理研は全国にある生命科学系の四拠点に倫理委を設けているが、神戸だけは「毛色が違う」(広報室)という。
副センター長の西川伸一(54)は、本来の研究審査に加え「社会との接点」も期待して、田中ら市民の代表を委員に選んだ。「地域の市民の立場で科学を理解してほしいし、社会が持つ懸念も積極的に代弁してもらいたい」からだった。
◇ ◇ ◇
研究者の説明を聞き、勉強もするうち、田中には、本業の映画と生命科学が重なり合ってきた。
「ハリー・ポッターと賢者の石」など、実写では不可能とされた作品がどんどん映画化され、ヒットを呼ぶ。「コンピューターグラフィックスの技術が、不可能を可能にした」
翻って生命科学。再生医療やクローン技術など先端技術が「生命の神秘のベール」を溶かし、映画同様、不可能を可能に変えつつある。
「困っている患者さんに福音は届いてほしいが、人間の欲望は果てしない。健全な社会には、おのずと一線があるはず」と田中は思う。「それが必ず守られているなら、倫理委はいらないはず」
“素人委員”の真骨頂を見せた。
◇ ◇ ◇
体細胞クローン羊「ドリー」の誕生から五年。四年前には人間のES細胞が初めて作製され、ヒトゲノム(人間の全遺伝情報)も二年前にほぼ解読された。自由な研究環境が、次々と生命の根源を解明していく。
だが京都大名誉教授で発生センター倫理委員長の北川善太郎(70)は「例えばES細胞では、医療にプラスをもたらす一方で生命操作に通じるなどの見方がある。国際的な統一ルールもないのが現状」と指摘する。
スピードを増す科学技術の進化を、社会は消化し切れない。発見のたび賛否両論が渦巻くが、すでに研究は次の段階へ進んでいる。科学者からの情報公開とともに、市民との対話も求められる。
科学と社会の新たな関係をどう築くか。世界を目指す兵庫の先端医療の、もう一つの課題だ。=敬称略=
生命倫理の現状
日米など主要国ではクローン人間づくりを禁止。人間のES細胞の新たな作製では、日本が厳しい条件下で容認する一方、米国は公的機関のみで禁じており、民間企業などは規制外。日本では現在、総合科学技術会議生命倫理専門調査会で、ES細胞のもとになる人間の受精胚(はい)の「生命の萌芽としての取り扱いの在り方」について議論している。
(おわり)
(この連載は経済部の宮田一裕と文化生活部の中本裕子が担当しました。)
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